きみと駆けるアイディールワールド―緑風の章、セーブポイントから―
あたしはコントローラを投げ出した。涙がこぼれてくる。泣き出して歪んだ顔を、リップパッチが残酷なくらい上手に、ルラに反映する。画面の中のルラは、涙までは流さないけど、スピーカからは嗚咽が聞こえてくる。
「ルラさん、泣いているんですか?」
気付かないでよ。残酷だな。AIのくせに人間に似すぎてる。
「な、泣いてる……」
「現実の世界で何か悩んでいることがあるんですか? 苦しいんですか?」
ディスプレイの隅に残り時間が表示された。あと15分。ピアズは1日1回4時間までしかいられない、不完全な仮想現実。
オゴデイくんが、足下に揺れる白い小さな花をそっと摘み取った。ブルーの目がアタシを見つめて微笑む。
「ほんの少しだけ、心の支えになる花です。よかったら、受け取ってください」
うん、知ってる。使ったら、魔力の最大値をアップさせる薬草だよね。ただのアイテムなのに。
「ずるいよ……」
優しさと一緒に差し出されたら、胸がキュッとよじれる。ジョチさんたちが言ってたとおりだ。オゴデイくんは気遣いの人。アタシなんかにまで優しさをくれる。
「ありがと……」
投げ出したコントローラが遠い。寒さに膝を抱えたまま、ただ画面を見下ろしてる。ルラは動けない。
オゴデイくんが1歩、アタシに近寄った。少し背伸びをする。アタシのとんがり帽子に花を挿してくれる。
「似合います。元気を出してください」
オゴデイくんのAIにこんなプログラムを仕込んだの、誰? 優しすぎる。やめてよ。ログアウトしたら、アタシのそばから消えちゃうくせに。
あたしのこと、ひとりぼっちにするくせに、優しくしないでよ。
「ルラさん、泣かないで。アナタが悲しんでると、オレも苦しいです」
ふわっと、ぬくもりの錯覚があたしを包んだ。だって、ディスプレイの中でオゴデイくんがアタシを抱きしめてる。
背の高さはあんまり変わらないのに、オゴデイくんの肩や胸は意外と広くて。
ずるいよ、ルラ。あたしはひとりなのに、ルラは抱きしめてもらうなんて。
「本当に、オレが王になるべきなんでしょうか? 父上とは正反対のオレに、誰がついてくるんですか? オレは、皆に好かれ皆に認められる自信がありません。こんな弱気な男が、どうして王になれるでしょうか?」
違うよ、オゴデイくん。キミがアタシに言ったんだよ。真剣に悩むからこそ、自分の弱さを知るからこそ、優しくも強くもなれるって。
「強さを見せてよ。影が薄いのも気弱なのも全部、伏線。本当はオゴデイくんが王さまになるっていうストーリーなんでしょ? もっとちゃんと強いとこを見せてよ」
まるで現実世界みたいに悩んだりしないで、カッコいいヒーローになってよ。せめてゲームの中でくらい、スカッとしたいの。現実を忘れさせてほしい。
「強さ、ですか」
「あたしなんかより強いじゃん。しっかりしてるじゃん。兄弟のこと、ちゃんと大事にできてる。自信ないとか言っても、とっくに好かれてるし認められてる。あたしはね、あたしこそ本当の本当にね、何もできないんだよ」
初生も瞬一も、あたしにとって大事な存在で、だから2人がくっついてくれたらいい、2人まとめてハッピーになればいいって、あたしは身勝手なことを願った。そして、ハッピーどころか、2人まとめて傷付けた。
「ルラさんは、いい人です」
「そんなの嘘! あたしね、親友を傷付けた。弟を傷付けた。学校にも家にもいられないの。今、すっごく寒い。ごはんも食べてなくて寂しくて……こっちに来てよ。あたしのことも温めてよ。ねえ、オゴデイくん、こっちに来てよ」
「ルラさん……」
「不安ばっかりなの。パパは治りっこない病気で、ママはパパのために一生懸命で、弟も勉強を頑張ってて。あたしだって何か必死になりたい。ゲームなんかやってる場合じゃない。でも、あたしは頭悪いし、誰の役にも立たないし。もうやだ。助けて。オゴデイくん、助けてよ!」
何を言ってるんだろう? ゲームの中にしか存在しないキャラクターに本心をぶつけてる。来てくれるわけないでしょ。わかってるのに。
「ルラさん、助けてあげたい。自分を傷付けないで。体を冷やすのも、食事しないのも、いけません」
オゴデイくんは、ぽつぽつとしゃべる。AIに可能な範囲の受け答えだ。でも、会話が成立しちゃってる。なぐさめられてる気持ちになってる自分が痛い。
ディスプレイの隅で、残り時間が減っていく。今日はもう、シャリンさんの目的を遂げるには時間が足りない。
「助けてよ。寒いの」
「そちらは、夜、遅いでしょう? 家で温かくしていなければ」
「家じゃないもん」
ルラみたいに抱きしめられたい。そしたら、きっと温かいし、寂しくない。
「ルラさん、泣いているんですか?」
気付かないでよ。残酷だな。AIのくせに人間に似すぎてる。
「な、泣いてる……」
「現実の世界で何か悩んでいることがあるんですか? 苦しいんですか?」
ディスプレイの隅に残り時間が表示された。あと15分。ピアズは1日1回4時間までしかいられない、不完全な仮想現実。
オゴデイくんが、足下に揺れる白い小さな花をそっと摘み取った。ブルーの目がアタシを見つめて微笑む。
「ほんの少しだけ、心の支えになる花です。よかったら、受け取ってください」
うん、知ってる。使ったら、魔力の最大値をアップさせる薬草だよね。ただのアイテムなのに。
「ずるいよ……」
優しさと一緒に差し出されたら、胸がキュッとよじれる。ジョチさんたちが言ってたとおりだ。オゴデイくんは気遣いの人。アタシなんかにまで優しさをくれる。
「ありがと……」
投げ出したコントローラが遠い。寒さに膝を抱えたまま、ただ画面を見下ろしてる。ルラは動けない。
オゴデイくんが1歩、アタシに近寄った。少し背伸びをする。アタシのとんがり帽子に花を挿してくれる。
「似合います。元気を出してください」
オゴデイくんのAIにこんなプログラムを仕込んだの、誰? 優しすぎる。やめてよ。ログアウトしたら、アタシのそばから消えちゃうくせに。
あたしのこと、ひとりぼっちにするくせに、優しくしないでよ。
「ルラさん、泣かないで。アナタが悲しんでると、オレも苦しいです」
ふわっと、ぬくもりの錯覚があたしを包んだ。だって、ディスプレイの中でオゴデイくんがアタシを抱きしめてる。
背の高さはあんまり変わらないのに、オゴデイくんの肩や胸は意外と広くて。
ずるいよ、ルラ。あたしはひとりなのに、ルラは抱きしめてもらうなんて。
「本当に、オレが王になるべきなんでしょうか? 父上とは正反対のオレに、誰がついてくるんですか? オレは、皆に好かれ皆に認められる自信がありません。こんな弱気な男が、どうして王になれるでしょうか?」
違うよ、オゴデイくん。キミがアタシに言ったんだよ。真剣に悩むからこそ、自分の弱さを知るからこそ、優しくも強くもなれるって。
「強さを見せてよ。影が薄いのも気弱なのも全部、伏線。本当はオゴデイくんが王さまになるっていうストーリーなんでしょ? もっとちゃんと強いとこを見せてよ」
まるで現実世界みたいに悩んだりしないで、カッコいいヒーローになってよ。せめてゲームの中でくらい、スカッとしたいの。現実を忘れさせてほしい。
「強さ、ですか」
「あたしなんかより強いじゃん。しっかりしてるじゃん。兄弟のこと、ちゃんと大事にできてる。自信ないとか言っても、とっくに好かれてるし認められてる。あたしはね、あたしこそ本当の本当にね、何もできないんだよ」
初生も瞬一も、あたしにとって大事な存在で、だから2人がくっついてくれたらいい、2人まとめてハッピーになればいいって、あたしは身勝手なことを願った。そして、ハッピーどころか、2人まとめて傷付けた。
「ルラさんは、いい人です」
「そんなの嘘! あたしね、親友を傷付けた。弟を傷付けた。学校にも家にもいられないの。今、すっごく寒い。ごはんも食べてなくて寂しくて……こっちに来てよ。あたしのことも温めてよ。ねえ、オゴデイくん、こっちに来てよ」
「ルラさん……」
「不安ばっかりなの。パパは治りっこない病気で、ママはパパのために一生懸命で、弟も勉強を頑張ってて。あたしだって何か必死になりたい。ゲームなんかやってる場合じゃない。でも、あたしは頭悪いし、誰の役にも立たないし。もうやだ。助けて。オゴデイくん、助けてよ!」
何を言ってるんだろう? ゲームの中にしか存在しないキャラクターに本心をぶつけてる。来てくれるわけないでしょ。わかってるのに。
「ルラさん、助けてあげたい。自分を傷付けないで。体を冷やすのも、食事しないのも、いけません」
オゴデイくんは、ぽつぽつとしゃべる。AIに可能な範囲の受け答えだ。でも、会話が成立しちゃってる。なぐさめられてる気持ちになってる自分が痛い。
ディスプレイの隅で、残り時間が減っていく。今日はもう、シャリンさんの目的を遂げるには時間が足りない。
「助けてよ。寒いの」
「そちらは、夜、遅いでしょう? 家で温かくしていなければ」
「家じゃないもん」
ルラみたいに抱きしめられたい。そしたら、きっと温かいし、寂しくない。