ハロー、マイファーストレディ!
Ⅰ、政治家か詐欺師か
■ プリンスと呼ばれて
時刻は、午後八時。
消毒薬の臭いがする処置室のベッドの上。
俺は、横になることはなく、右手に持った資料に目を通している。
一時間ほど前、気が付いた時にはすでに左手は点滴に繋がれていて。
ここ数日睡眠や食事の時間も惜しんで仕事していたツケがやってきたのか。
夕方打ち合わせ中に目眩がして、政務官室の床がぐらりと揺れた以降の記憶がなかった。
意識を取り戻すと同時に、目の前に居た医者らしき人間から、まるで生死をさまよっていたかのような大袈裟な扱いを受けた。
「まさか、救急車なんて呼ばなかっただろうな。」
慌てて駆けつけた秘書の谷崎(たにざき)を睨めば、長い付き合いのこの男は「もちろん」と呆れた顔で返事をする。
「大川さんの指示で、諸先生方御用達のこちらの救急外来に運びました。」
公設秘書の大川は父の代から仕える、この道三十年のベテランだ。
さすが、いざという時にも冷静な判断をする。
話によると、この病院はどうやら同業者達の御用達らしい。
おそらく、雲隠れや極秘手術をする際に使うのだろう。
救急外来までわざわざ挨拶しに来た院長を名乗る男から、特別室で一泊入院することを勧められたが、やんわりとそれを断った。
今は、のん気に入院などしている場合ではない。
今夜のうちに、まだ読まねばならない資料も、詰めなくてはいけない話も山ほどある。
よりによって、委員会審議の前日に倒れるなんて。
ため息を一つ吐き出して、時計から再び資料に視線を戻す。
『国民の健康増進のための情報管理についての法律』
それを読んでいる俺が、どう見ても健康そうに見えないのは、何の皮肉だろうかと、笑いがこみ上げてきたのはほんの一瞬のこと。
俺の頭の中は、また明日の答弁のことで一杯になった。
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