ハロー、マイファーストレディ!

俺をからかうのに飽きたのか、透は呆れたような声を上げると、気持ちを切り替えるようにすくっと立ち上がった。

「午後からは、例の法案についての会合で予定が詰まってる。昼買ってくるけど、いつものでいいか?」

いつもの、とはコンビニのおにぎりのことだ。
時間が無いときの昼は、おにぎりやパンで簡単に済ますことが多い。
長年のつき合いで、透は具の好みまで知り尽くしていた。
いつもなら、頼むと返事をするところ、今日の俺はドアへ向かう透を呼び止める。

「透、今日はいい。」
「おいおい、昼抜く気か?また、倒れるぞ。」
「…いや、昼飯なら、ある。」

驚いた顔の透を前に、俺は部屋の片隅に置いた手提げから、やや大きめのタッパーを出す。
それを見た透が、口をあんぐり開くのが分かった。

「…まさか、それ。」
「真依子が作った。ちなみに透の分もある。」

タッパーいっぱいに詰められているのは、大ぶりのおにぎりで、ゆうに大人二人前以上の量がある。
白熱した将棋の真剣勝負が終わっても、興奮して全く寝付けなかったらしい真依子が、早朝に起きてきて変なテンションで握った代物だった。

「ははっ、あの子はすごいな。」

経緯を説明すると、ようやく驚き固まっていた透が、笑い出した。

「ああ、突然キッチンに立ち始めたと思ったら、20分後にはこれが出来上がってた。プライベートでも、仕事は相当早いな。」
「俺が言ってるのは、そういうことじゃないんだけどね…」
「じゃあ、どういうことだ?」
「気づいてないなら、別にいいさ。」
「そう言われると、気になるだろ。」

もったいつけた言い方をされて、思わず顔をしかめる。
その顔を見て、透がまた楽しそうに口を開いた。

「お前が差し出された弁当を大人しく持ってくるなんて、意外だと思っただけだよ。」
「お前も忙しいんだから、コンビニ行く手間も省けていいだろ?」
「それでも、今までどんな女にだって、世話を焼かせたことなんて一度もないくせに。」

そこまで指摘されて、やっと透の言いたいことを僅かばかりは理解したものの、素直に認めるのは癪だった。
その結果、俺は無視を決め込んで、仕事に取り掛かる。
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