ハロー、マイファーストレディ!
「これは、両親か?」
ベッドサイドの壁には小さな飾り棚を付けて、写真立てをいくつか置いている。そのうちの一つを征太郎が手に取っていた。実家から唯一持ち出した家族写真。若い頃の父と母、その間には無邪気に笑う幼い日の私がいる。
「ええ、そうよ。一枚しか持ってないけどね。」
「君は、母親似なんだな。とても、美人なお母さんだ。」
「ありがとう。性格はふわふわしてつかみ所のない人だったけどね。」
「お前の性格は父親譲りか?」
「たぶん、そうだと思うわ。ちなみに、隣の写真は母方の祖母よ。全然似てないでしょう?母は祖父に似ていたらしいから。」
祖母と一緒に写真を撮ったのは、私が成人した時だ。誕生日に、かつて母が着たという振袖を祖母に着付けてもらって、写真館へ行ったのだ。
結局、この時の写真が数ヶ月後に病で倒れた祖母の遺影に使われることになった。振袖姿で笑う私の隣で祖母はまるで何かの役目を終えたように、安心しきった穏やかな顔をしている。
「お祖父さんは?」
「ひどい色男で、若い頃に家族を捨てて女と出て行ったらしいわ。」
冷蔵庫の中から食材を取り出しながら軽く答える。我が家の歴史は、意外とヘビーだ。
「この時計は?」
今度は写真立ての傍らに置かれたペアウォッチに興味を引かれたようだ。
私はその質問にも、淡々と答える。
「両親のものよ。最期まで身につけてた。」
「指輪代わりか。」
「そうね。大切にしてたのよ。婚約の記念に贈り合ったものらしいわ。」
「仲は良かったのか?」
「ええ、とっても。娘が見ても胸焼けするくらいに。」
征太郎は「そうか」と呟いたきり、しばらく沈黙した。振り返ってみれば、彼は二つの写真と時計に向かって軽く目を閉じて、手を合わせていた。
「やめてよ。仏壇じゃあるまいし。」
「本来なら墓前か仏壇に挨拶しに行くところだ。」
「律儀なのね。別にいいのよ。祖母は本人の希望で郷里の海に散骨したの。両親のお墓なんて、私もずっと行ってないわ。」
「ずっとか?」
「ええ、最後に行ったのは三回忌の時ね。それ以来、親戚にも会ってないわ。」
「縁を切ってるのか?」
「そういうわけじゃないの。叔父さんが居るんだけど、父にとてもよく似ていて。会う度に思い出してひどく落ち込むから、しばらく会わないようにしていたの。そのうちに、不義理にしていたのが後ろめたくて、会えなくなっただけ。」