ハロー、マイファーストレディ!

包丁で野菜を刻みながら、思ったよりも深く話しすぎていることに気が付く。しかし、一度話し出したら止められなかった。ずっと心の中にあった思いはするりと口から出て行った。

「今は?会えるなら、会いたいのか?」
「そうね。今は両親の写真を見ても平気になったから、会っても大丈夫かなと思う。写真を飾りだしたのも、最近なのよ。」
「そうか。」
「でも、今さら会えないなとは思ってる。迷惑もたくさん掛けただろうし。」

両親の死後の手続きも、家の処分も叔父夫婦に丸投げして、逃げ出した私が今更どの顔を下げて会いに行けばいいのか、分からなかった。
迷っているうちにも時間は経つ。こういう問題は、時間が経てば経つほど、どんどん壁が厚くなっていくものだ。

「その気持ちは、分かる。俺にも、経験があるから。」

その何気ない一言は軽い口調でありながら、切なく響く。そっと振り返れば、征太郎の眉は僅かに切なげにひそめられていた。
その表情を見て、彼の“会いたかった人”が誰なのか、何となく思い当たる。

彼の母親は、彼が五歳の頃に高柳の家を出て、それ以来彼は一度も会っていないという。
決して会うことを制限されていた訳ではない。征太郎が望めばいつでも会える、というのが離婚の時の取り決めだったらしい。
それでも、大川さんの話によれば、幼い日の征太郎は、母との別れ際に泣いたきり、一度も「会いたい」と口にしたことはないらしい。
幼い頃から芽生えていた“高柳の跡継ぎ”としての自覚が、そうさせたのか。
それとも、自分を置いて出て行った母に対する反抗の意志を表すためか。

会いたくても、会わない。
まるで、過去の出来事のように語っているが、それは、きっと今もだ。
私は、彼が決してさらけ出さないであろう本音の一端に軽く触れた気がした。

征太郎が、ソファに戻って鞄から資料を取り出して「少し仕事をする」と宣言したため、会話はそれきりになって、私はしばし彼に背を向けて料理に専念した。
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