ハロー、マイファーストレディ!
15分後、料理を終えて振り返れば、仕事の資料を手にしたまま、ソファに寄りかかり目を閉じている征太郎の姿が確認できた。
そっと近くまで寄れば、微かな寝息が聞こえてくる。
気を抜いた一瞬に、睡魔に襲われたのだろうが、私の気配にも気が付かないくらいに熟睡しているらしい。
起きている時には気が付かなかった目の下のくっきりとした隈が、彼の激務を物語っていた。
送られてくる彼のスケジュールを見ても、まさに分刻みの忙しさだ。政務官としての多忙な任務の上に、党の役職をこなし、人気者であるが故に様々な行事やイベントへと借り出される。
名を売るため、支援者をつなぎ止めるために後援会や地元にも気を配り、政局を見極める為に議員同士の会合にも積極的に顔を出す。
事務所で一緒に過ごしていても、基本的に彼はいつも仕事をしていた。スケジュールは空いていても、どうやら勉強すべきことや考えるべき問題が山のようにあるらしかった。
高柳征太郎という政治家は、
とても真面目で努力家だ。
彼と契約関係になってから一ヶ月。
私が彼に対して抱いていた印象は、大きく変わりつつあった。
嘘くさい笑顔で人々を騙しているというのは紛れもない事実だが、腹黒く甘い蜜を吸っているだけかと思えば、決してそういう訳ではない。
政治家としての仕事は十分すぎるくらいにきっちりと務め、必要な知識の習得や現状把握にも余念がない。
どんな分野の問題にも自分の中に明確なビジョンを持っているかの如く、テレビのニュース番組を一緒に見れば、聞いてもないのに丁寧な解説と持論を語り出した。
天性の政治家としての才能に、隠れた努力に裏打ちされた実力。
政界を生き抜くための多少の狡さは持ち合わせつつも、仕事に対する姿勢は真摯で非の打ち所がない。
世間を欺いているのはその性格だけで、中身は皆が思い描いているような清廉潔白で情熱的な若き政治家そのもののように見えた。
…あくまで、今のところは、であるが。
すべての政治家は大嘘付きで、とんでもない詐欺師だ。
確かにこの男は詐欺師には違いないが、思ったよりは極悪人ではないのかもしれない。
疲れた表情のまま、力尽きて小さなソファに身を任せる彼にそっとブランケットを掛けながら、私はそんなことを考えていた。