ハロー、マイファーストレディ!

「ん?…透…いま、何時だ?」

寝ぼけているのか、私を敏腕秘書だと勘違いした彼は、辺りを見回してはっとしたように目を軽く見開いた。

「悪い…真依子、時間は?」
「もうすぐ10時。一時間しか寝てないわよ。」
「…そうか、一瞬気を抜いた。すまなかった。」
「別にいいけど、夕飯は先に食べたわよ。」
「それは、構わない。悪いがシャワーを貸してくれ。」
「どうぞ。タオルは脱衣所の引き出しのを適当に使って。その間に食事温めておくわね。」
「ああ、ありがとう。」

軽く礼を告げて、スタスタとバスルームへと向かう彼をキッチンから見送る。場所は知らせてないが、それらしい扉は二枚しかないから、間違えた所でもう一方が正解だ。狭い我が家でも、私の唯一のこだわりでトイレと風呂は別になっていた。案の定、しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。

シャワーを浴びて身支度を整えた彼は、すっきりとした顔で戻ってきた。
ワイシャツのボタンを二つほど開けている。きっちりとネクタイを締めている時とは違い、無駄にセクシーさを振りまいていて、一瞬ドキリとしたが、訓練の賜か私はすぐに平常心を取り戻した。

彼が当たり前のようにソファーに掛けて、テーブルに用意した夕食を前に手を合わせる。
事務所でも何度か彼に食事を出していて、すでに慣れているはずなのに、ここが自分の部屋だというだけで、妙にそわそわした。
シャンプーを使ったのか、彼の髪からは嗅ぎ慣れたハーブの香りが漂う。
この部屋に来るのは初めてなはずなのに、いつもの自分が暮らしている場所に彼がごく自然にとけ込んでいた。

まるで、ふつうの恋人みたいだ。

恋愛しない私には、その経験はないが、きっとこんな感じなのだろうということは想像できた。
私は変に意識してしまわないように、今日買ったばかりの雑誌にひたすら目を落としていた。
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