ハロー、マイファーストレディ!

いよいよ予告の三時間が経過しようかという頃。
近くの幹線道路まで見送る為だけに、私は簡単に身支度を整えた。
着ていた部屋着は着古したTシャツとスエットだったが、Tシャツの上からロングカーディガンを羽織って、下はデニムのスキニーに履き替える。メイクも軽く直して、髪もヘアクリップでまとめ直した。
目指したのは、コンビニで知り合いに会っても恥ずかしくないくらいの服装だ。写真を撮られると分かっていて、ありのままの部屋着で出掛ける勇気はない。

準備が出来たと伝えると、征太郎は私の全身を往復するように観察してから、一言「地味だな」と感想を述べたが、私は「その方が親密さが出る」と説明した。
ちょっとそこまで行くだけなのに、気合いを入れた格好は不自然極まりないし、夜遅くに恋人を部屋に招き入れるために、わざわざめかし込んでいる女には、きっと世間はどん引きだ。
征太郎は「なるほど」と意地悪く微笑んで、鞄も持つ反対側の手で、私の手を引いた。

「準備はいいか?お楽しみの演技の時間だ。」
「私は楽しくも何ともないけど。」
「まあそう言うな。手を繋いで寄り添って歩いていれば、それなりに親密に見える。」

玄関で揃って靴を履く。
私は迷った末に、並んで歩くところを撮られるならと、ヒールのあるパンプスを選んだ。七センチヒールが、一番画になる身長差を作り出すことは、暇な謹慎期間中にすでに検証済みだ。

玄関ドアに鍵をかけて、カーディガンのポケットに突っ込めば、再び彼に手を取られる。今度は、しっかりと指を絡める。いわゆる、恋人つなぎだ。

「右手の路駐の黒のワンボックスだ。絶対にそっちは見るな。」
「分かった。」
「左手に曲がった後は、時々俺の方を見上げて何でもいいから話しかけろ。しっかり顔を横に向けるんだ。後ろから横顔を撮らせる。」
「はい、了解。」

アパートを出てから、耳元に囁くように出される指示に、小声で答える。程良い距離から狙っているのか、背後からは物音は全く聞こえてこなかった。

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