ハロー、マイファーストレディ!
『少しだけ、サービスしてやるか。』
後から聞いた話によると、あの時、征太郎は後ろだけでなく、反対車線の歩道にもカメラマンが先回りしていたことに気が付いたらしい。
彼に言わせれば、わざわざ応援を呼んでまでシャッターチャンスを狙った記者に敬意を払っての、“あの行動”という訳だ。
その週の金曜日の朝。
週刊誌の巻頭を、政界のプリンスの“路上キス写真”が飾った頃。
私は、谷崎さんから都内の一流ホテルの一室に呼び出されていた。
「いらっしゃい、真依子ちゃん。車酔いはしなかった?」
「ええ、なんとか大丈夫です。とても、タクシーとは思えない乗り心地でしたけど。」
「ああ、ただのタクシーじゃないからね。あのスリルはジェットコースターの方が近いよね。慣れるまで、俺も征太郎も少し時間が掛かったよ。」
指示通り迎えに来たタクシーに乗り込めば、猛スピードで都会の街を縦横無尽に走っていく。その際どい運転に、思わず悲鳴を上げそうになった。
事情を聞けば、追いかけてきた報道陣をうまく煙に巻いてくれていたらしい。それならそうと、先に言ってほしいものだ。
「いや~、真依子ちゃん、大活躍。」
谷崎さんは満面の笑みを浮かべて、私をソファに促すと、自分も傍らのスツールに腰掛けた。部屋はいつぞやかのようにスイートルームではないが、リビングスペースの付いた広めのツインルームだ。
ローテーブルの上には、今朝発売の週刊誌。分かっていても、つい赤面してしまう見出しが踊る。
“政界のプリンス、本命恋人と夜中の逢瀬三時間”
“本誌独占スクープ! 別れ際の路上キス写真”