ハロー、マイファーストレディ!
「どうやら、婚約指輪の代わりらしいよ。」

時計を手に固まる私に、谷崎さんが様子をうかがうように言葉を掛ける。

「征太郎が普段身につけてるのは、同じラインの別モデルだ。一見すると分からないけど、詳しい人が見ればお揃いなんだと分かる。」
「なんで…」
「ああ、どうして指輪にしないのか聞いたら、時計の方が実用的だとか言ってたけど。防水もちゃんとしてるの選んだみたいだけど、仕事中って腕時計できる?150m防水だから、海に潜っても安心だよ。」
「せっかくですけど、うちの病院、腕時計も禁止です。」
「え?そうなの?じゃあ、時計にした意味ないじゃん。」
「でも、時計は必要なので、ポケットに入れて使います。」
「そう、ならよかった。ほら、腕にしてみて。」

一件落着と言わんばかりに微笑んだ谷崎さんにぎこちない笑みを返して、腕にブレスレット部分を通す。
腕を軽く振ると針が動き始めた。

「珍しく征太郎が自分で選んだんだ。買いに行ったのは俺だけどね。」

実用的なんて、取って付けたような理由、嘘に決まってる。
あの日、私の部屋で両親の時計を見てから、きっと思いついたのだ。


ずっと一緒に、時を刻んでいく。

かつて、両親が未来を誓い合った時と同じ重みを、手首に感じる。
同じ誓いでも、我々が立てたのは、野心と復讐心にまみれた薄汚い誓いだ。


もう、逃れられない。

私はこの時計を見る度に、両親の事を思い出すだろう。そして、復讐の為に立てた誓いも。
これこそが、征太郎が意図する“実用性”なのかも知れない。

まるで手錠のように、私をしっかりと拘束するそれは。
たとえ海の底に沈もうとも、決して止まることはないらしい。
すでに時を刻み始めた時計の針を見つめながら、私はこの時、本当に覚悟を決めたのだと思う。
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