ハロー、マイファーストレディ!

「今後の日本の発展と山楽会(さんらくかい)のご健闘を祈って、乾杯!」

朝川派の派閥立ち上げパーティーは、緊張しつつも熱っぽく政策を語る朝川の演説に始まり、副総裁をはじめとする役職者の祝辞や、朝川と懇意にしている経済界の重鎮のスピーチと進み、大学時代の友人だという人気刑事ドラマの脇役俳優が駆けつけて乾杯の音頭を取るという、和やかながらもなかなかの盛り上がりを見せていた。

派閥の正式名称の「山楽会」は、まるで登山同好会の名前のようだが、『論語』の「仁者は山を楽しむ」から名付けられたらしい。
欲に動かされることなく、静かに山を愛することができる人間の集まり。真面目で潔癖な朝川らしいネーミングだ。

俺は会場の片隅で一連の光景を見ていた。
いつもなら、マスコミと主催者の期待を察して会場の比較的目立つスペースに陣取るのだが、今日はそうもいかない。
俺の隣にはいつも通り秘書の透と、慣れない清楚な紺のスーツに身を包み、背筋を伸ばして立つ真依子。
澄ました顔をしているが、緊張しているのが手に取るように分かる。
会場の隅にいても、先ほどからあちらこちらからの視線を感じる。

まあ、仕方ない。
婚約者として、公の場で隣に並ぶのは初めてだ。
この緊張しつつも初々しい感じは、人々の目にはむしろ好意的に映るだろう。

「あまり、緊張するな。」
「緊張なんて、別にしてないわよ。」

ささやくように話しかけると、精一杯強がった答えが返ってくる。

「そうか。じゃあ、挨拶回りに行くぞ。」
「ええっ、もう?」
「早くしないと、みんな帰るぞ。」

この手のパーティーは人が集まるのは最初だけで、大物は早々に引き上げるのが常だ。
俺は、戸惑う真依子を連れて、手早く挨拶をして回る。
皆が話題の婚約者を見て驚いた様子だったが、「今日は勉強のために連れて参りました」と言えば、皆一様に納得したような顔をする。本当の目的には、当然全員が気がついているだろう。

真依子は、緊張しつつも苦手な笑顔を振りまいて、名前だけの簡単な挨拶を繰り返していた。
会場の取材を許可された報道陣に、時折カメラを向けられる。
真依子は、どう対処すべきかを予め透に聞いたのか、それをなるべく気にしないようにしつつも、いつ撮られてもいいように、気を抜かないようにしているようだった。

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