ハロー、マイファーストレディ!

「ようこそ、征太郎君。」
「先生、この度はおめでとうございます。」
「征太郎君こそ、ご婚約おめでとうございます。今を時めく若手政治家の君に駆けつけてもらえるとは光栄です。」
「ありがとうございます。朝川先生の門出とあらば、たとえお招きいただかなくとも、駆けつける所存でしたよ。」
「またまた、君は…でも、今日のところはその言葉を素直に受け取っておくよ。」

ようやく、本日の主役とも言うべき朝川の元へと辿り着き、笑みを浮かべながら挨拶を交わした。
取り囲む人の輪が途絶える事のなかった彼は、おそらく下戸のくせに何杯か杯を交わしたのだろう。その頬が少しだけ赤く染まっていた。
そんな朝川の視線が、俺の隣にそっと寄り添う真依子の姿を捉えて、ぱっと電球が点ったように笑顔へと変わる。
これが、噂の!といわんばかりの顔を一瞬見せたものの、すぐに紳士的な態度で彼女に手を差し出した。

「初めまして。朝川と申します。征太郎君には、お父様が大臣をお務めの頃からお世話になっています。今日はお越しいただいてありがとうございます。」
「内海真依子です。こちらこそ、よろしくお願いします。」

差し出された手を前に、おずおずと握手を交わす真依子が可笑しくて、俺はくすりと小さな笑いを漏らす。
政治家にとって握手は、単なる挨拶に過ぎない。選挙の時には、一日に何千人という有権者と握手を交わすのだ。
それでも、真依子は軽々しく政治家の手を握るなどという行為には抵抗があるらしく、今日も何度か握手を求められたのに気づかない振りをしていた事を知っている。
しかし、朝川のクソが付くくらいに真面目な態度は、同じく真面目な真依子の心を動かしたのか、初めて彼女はゆっくりと手を差し出した。
朝川は相手が誰であってもその顔を変えない。つくづく、政治家に向いているのか、分からない男だった。

「征太郎君、今、少しだけ時間はあるかい?別室で10分…いや、5分でいい、二人きりで話がしたい。」

笑顔で真依子と握手を交わした朝川は、真剣な表情で俺に向き直ると、小声で伺いを立ててきた。
俺は一瞬考えを巡らせた後に、肯いた。

「ええ、少しなら。私も先生にお聞きしたいことが。」

どうせならこの機会に次の総裁選に出馬の意向があるのか聞いてしまおう。
今回の出馬は眼中にないというのであれば、俺のこの先の立ち回り方も変わってくる。

「では、こちらへ」と俺を促す朝川の秘書に頷いてから、振り返って透に指示を出す。

「しばらく、抜ける。真依子を頼む。」
「分かりました。」

秘書モードで言葉を返す透と、不安そうな笑顔を見せる真依子を置いて、俺はパーティー会場を後にした。

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