ハロー、マイファーストレディ!
俺は少し気になりつつも、ひたすら愛想を振りまくという単純労働に戻っていた。
真依子はいつの間にか、エプロンを着けて地元ソースメーカーが出店した焼きそばの屋台を手伝っていた。
スーツの袖をまくって、焼きそばの注文を聞いている真依子を見て、思わず表情が緩む。

にこやかに笑って淑やかにしている彼女よりも、きびきびと注文を捌いている彼女の方が、何倍も魅力的に見える。
惚れた男の欲目かとも思ったが、周りを冷静に観察すれば、皆一様に先ほどよりずっと真依子を好意的な視線で見ているのが分かった。

「美人なのに、全く気取って無くて、安心したわ~。」
「そうそう、さっきもうちのブースの客引き手伝ってくれたのよ。」
「行列がすごいからって手伝い始めたのに、逆に列が伸びちゃってない?」
「ほんとね~。プリンスもいいお嫁さん見つけたわね。」

時折耳に入ってくる褒め言葉が、なぜか自分が褒められた時よりもくすぐったいのはなぜだろうか。
一人疑問に思っていると、焼きそばの屋台から声を掛けられた。

「征太郎先生!こっちで、一緒に写真お願いできますか?」

出血大サービスで、真依子の隣に並んで記念撮影のリクエストに応える。

「スーツ姿よりも、そっちの方が似合ってるな。」
「すみませんね、どうも黙って見てられない性分で。」

カメラに笑顔を向けながら、こっそりとささやき合う。彼女の拗ねたような口ぶりも、今では心地よく感じるのだから、やはり重症だ。

再び木の陰に視線を向けると、男の姿はすでに無くなっていた。




この時、俺はまだ知らないでいた。

俺の心に初めて芽生えた何かこそが、完璧なはずの計画にできた小さな綻びだったなんて。

俺は全く気がつかずに、たぶん少年のように浮かれていたのだ。
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