ハロー、マイファーストレディ!
この男、高柳征太郎は、六日前過労で倒れ、うちの救急外来にやってきた。
大人しく特別室にでも入っていてくれればよかったものを、彼はそれを断ったようで。
不運にも、その日の私のシフトは夜勤で、しかも、たまたま二ヶ月に一回ほどの頻度で回ってくる救急外来の担当日だった。
厄介な患者に当たってしまったものだと思いつつ、出来るだけ関わらないように接したつもりが、どういう訳か軽く口論になった。
そして、今日。
午前中の病棟が最も慌ただしくなる時間帯に師長から呼び出されて、何事かと行ってみれば。
言い渡されたのは「点滴の指名」という、まるで嫌がらせのような呼び出しだった。
よほど私に言い負かされたのが気に入らなかったのか。
腹いせに無理難題でも押しつけるつもりなのか。
いずれにしても、私にはその神経は全く理解出来ない。
そもそも、あの世界の人間のことなど、理解したくもない。
あそこに居るのは誰も彼も、最低の人間たちだ。
例に漏れず、この男も大嘘付きで。
普段振りまいているやたら爽やかな笑顔は、所詮人気取りのための仮面に過ぎない。
「左手でいいですか?」
さっさと済ませようと、私は淡々と処置に取り掛かる。
素早く輸液ルートを組み立てて、差し出された腕に駆血帯を巻いた。
「手を軽く握ってください。」
そう言った途端、男の左手が私の右手を包み込んだ。
思いも寄らぬ行動に、慌てて引っ込めた右手から、持っていたアルコール綿がぽとりと下に落ちる。
「…ふざけないで、真面目にやってください。」
すぐに取り繕って、厳しい視線を向けると、目の前の男は悪びれもせず、微笑んで言った。
「悪いね。職業柄、手を握ると言えば、握手(こっち)だから。」
その言葉を無視して、血管を探り針を刺し入れて、素早く点滴を開始させると、針とチューブをフィルムで固定した。