ハロー、マイファーストレディ!
「内海真依子さんですね?」
翌日、早番の勤務を終えて、病院から帰路につく。
公共料金の支払いのために立ち寄った病院最寄りのコンビニを出て、数歩のところで背後から声を掛けられた。
このところは、通勤途中に声を掛けてきたり、追いかけて来たりする記者はぐっと減っていた。
日本人とは元々飽きやすい民族なのだろうか。すでに世間の話題の中心は、某大物俳優のハリウッド進出から、人気イケメンキャスターの不倫疑惑、球界のドンと呼ばれたプロ野球チームオーナーの脱税騒動へとめまぐるしく移り変わり、今では星占いが出来るアライグマ“ヒューマ君”が日本で最もホットな話題である。
(日本人が飽きっぽいという以前に、日本という国がいかに平和であるかという事を思い知る今日この頃である)
連日テレビのワイドショーに自分の顔がアップで映し出され、朝慌てて考える通勤用のコーディネートを丸ごと一週間分ファッション誌で取り上げられる。
どうせそう長くは続かないと予想していたものの、私にとって世間の注目を浴びるというのは精神的な負担が大きかった。夜の眠りは浅くなり、食欲はめっきり落ちて、外に一歩出れば自然と脈拍が早くなる。
十年前とは違って、概ね好意的な内容だとはいえ、マスコミに追われた記憶は今でも私の中に暗い影を落としているらしい。
時折、あの頃向けられた好奇のまなざしがフラッシュバックして気分が悪くなる。
長く注目され続けば、きっと私の身体はおかしくなっていたに違いない。
密かに、芸達者なアライグマに感謝する日々だ。
婚約発表から一ヶ月ほど経った今、私の日常はほぼ完全に平穏を取り戻しつつあった。病棟でも通常の勤務へと戻り、時々患者さんから婚約について尋ねられることはあっても、仕事に差し支えるような問題にはなっていない。
だから、私はこの時、とても間が抜けた顔で振り返ったと思う。
久々にフルネームで呼び止められたのだたら、致し方ない。