ハロー、マイファーストレディ!
Ⅵ、過去か未来か
■ 過去からの伏兵
浮かれていたことは、否めない。
いつも通りの俺ならば、この事態は防げたのかもしれない。
だが、人生に“もしも”なんて言葉以上に無意味なものはない。
真依子に復讐を持ちかけてきた男は、透が連絡するとすぐに事情を明かした。
透が調べたところによると、この久住と名乗る男は、およそ三ヶ月前に竹田建設を退職していた。表向きは、早期退職を勧奨されて、それに応じたことになっているが、実際には会社からかなり強引に退職を迫られたらしい。要するに、リストラだ。
会社に対する怨みから復讐を思い立ったのかと思いきや、電話で透が話を聞いた限り、そうではないらしい。
久住は10年前、会社の指示により、硴野に対して不正に巨額献金するためのダミー会社の立ち上げに関わっていた。
その不正献金について、疑惑が浮上した当時、硴野本人は一切関知していないと釈明したが、どうやら実際には硴野本人からの指示で会社側が動いた結果だったらしい。久住によると、毎年の献金額まで硴野本人が調整していたという。
久住が握っているの証拠というのも、硴野と会社幹部が献金額について交わした会話の録音テープだった。
はっきりと硴野のだと分かる声で、複数のダミー会社を通して、3000万円の献金を要求しているという。
当時は金額を間違えてはいけないという思いから、硴野に隠れて録音したものだというが、疑惑が明るみになったときに、とんでもないものを手にしてしまったと気づいた。
そして、硴野が罪の全てを秘書に被せようとしているのを知り、テープの存在を公にすべきか迷っているうちに、秘書が責任を取って自殺を図り、騒動は収束しててしまう。
当時、家族を背負うサラリーマンとして、会社を裏切ることが出来なかった事情があったとはいえ、その時に抱えた罪悪感は10年経った今でも久住の胸に残っていたらしい。会社を理不尽な理由で辞めさせられた途端、その思いは再燃した。
「真依子さんにお会いしたのは、直接真実についてお話しして、どうしても謝りたかったからです。」
電話口で、久住はそう呟いたという。
「単に私が楽になるためではなく、彼女がこの証拠をどうしたいか、それに任せようと思ったのです。」