ハロー、マイファーストレディ!
流れる涙をハンカチで拭いながら、母が語った過去は、俺の抱いていた認識とはかなり違っていた。
どうやら、父には、母と結婚する前に本気で愛していた女がいたらしい。
渡辺千代子。
高柳家に昔住み込みで仕えていた家政婦の娘で、年齢は父よりも三つ上。子どもの頃から父と一つ屋根の下で暮らし、高校を卒業すると同時に、母親と共に高柳家で働くようになった。
二人は互いに惹かれ合い、年頃になると自然と男女の仲になる。
しかし、どう考えても身分違いの二人の恋を周りが許すはずもなく、千代子は父が成人する前にひっそり姿を消したらしい。
ここまでは、母が結婚後に父と学生時代から親しかった大川から、無理矢理聞き出した話だという。
やがて、父は周りに勧められるまま、母と見合い結婚をする。
しかし、どうやら父親はずっと千代子が忘れられなかったらしい。
「私もね、当時はまだ浮気は男の甲斐性だと言われるような時代だったから、多少のことには目をつぶっていたの。でもね……」
父が浮気する相手は、毎回どこか千代子に似た女だったという。
父は決して本妻である母をないがしろにするようなことはなく、家に帰れば母に対して優しく接し、母の意見も尊重した。浮気性なことを除けば、理想的な夫であったらしい。
それでも、母は次第に自分も会ったことすらない、写真でしか見たことのない女の影に苦しめられていった。
「いつかね、もしも千代子さんが目の前に現れたら、あの人はきっと私も仕事も、家だって捨てて、どこかへ行ってしまう気がしたの。」