ハロー、マイファーストレディ!

大川さんの“お願い”の内容は、私が願い出たとおり、この数日に起きたことを包み隠さず話すことだった。
ただし、その相手は特捜部の捜査員ではない。マスコミを通じて、日本中の人々に向かって話をするというのが、彼の案だった。
しかも、事態収拾のために出掛けている征太郎本人に、一切知らせないで実行するつもりらしい。
その理由は聞かずとも分かる。さきほどの私との電話での口ぶりからしても、私をマスコミの前に出すことを彼はきっと了承しないだろう。本当のことを話せば、私の過去も同時に明かされてしまうからだ。
大川さんは、主人の意向に背くなど秘書としてあるまじき行為ですがと、前置きしてから危機脱出の極意を語った。

「こういう時に、下手な嘘や誤魔化しは通用しないんです。全てを正直に、誠実に、そして一刻も早く伝える必要があります。」

その言葉は、私の心にすとんと落ちてきた。
やましいことがないのに、嘘をつく必要はない。それと同じで、部屋に閉じこもる必要も無いのだ。
私の過去についても、私自身には何らやましいことはない。あれほど必死に隠してきたというのに、正々堂々と村雲洋一の娘だと名乗ることに対する抵抗は、すでに無くなっていた。

こうしている間にも着々と時は流れている。
潔白を主張するなら、早いに越したことは無い。もたもたしていた分だけ、人々の疑いも高まっていく。

決断の時が迫っていた。

「真依子さん、今すぐに決断して、そこから出る勇気はありますか?」

スマホから聞こえてくる声は、鬼気迫るものがあった。私はそれに怖じ気づくことなく、はっきりと答える。

「ええ、もちろん。私だって、未来を選びたいですから。」

その言葉に偽りはない。
私が今守りたいのは、暗い過去ではない。
明るい未来だ。



それも、私のではなく、彼の、だ。

< 201 / 270 >

この作品をシェア

pagetop