ハロー、マイファーストレディ!
私は勢いよくドアを開けて、外に出た。
記者達は、誰も私の方を見ていなかった。
急いでドアを外側から閉め、握りしめていた鍵で素早く施錠する。
何人かが私に気がついたようだったが、気にせず、一目散に目の前の階段を駆け下りた。
駆け下りた先に滑り込むように入ってきた一台のタクシー。
扉が開くと同時に無我夢中で乗り込んだ。
呆気にとられた記者達の顔と、慌てて向けられた数台のカメラ。
それに軽く頭を下げると同時に、タクシーは発車した。
行き先を告げなくとも、当然のように走り始めたタクシーの中で、私はほっと胸をなで下ろした。
ひとまず、抜け出すことには成功した。
問題は、この後だ。
「ほんと、聞いてた通りの美人さんだね~。」
のほほんとした声が運転席から聞こえてきた。バックミラー越しにこちらを見ていた運転士と視線が合う。
「どうも、藤田タクシーです。この道五十年、ずっと個人でやってるんだけどねぇ。」
「そ、そうですか。すごいですね。」
「こんな美人乗せたのは初めてだねぇ。やっぱり長く続けてみるもんだねぇ。」
まるで緊張感のない会話に、いささか拍子抜けする。ざっと聞いた話をまとめると、タクシードライバー歴50年(しかも自営)の藤田昭夫さん御年75歳は、どうやら大川さんのご親戚(母方の叔父さん)らしい。
うちのアパートの近くにお住まいで、今日はいきなり電話で甥っ子に無理難題を突き付けられたご様子。「今日は俺んとこ休みだったのによぉ~」と愚痴混じりにハンドルを握る昭夫さんに、私は小声で「スミマセン」と返した。