ハロー、マイファーストレディ!
「そんな嘘、すぐにバレるわよ!」
「じゃあ、嘘にしなきゃいい。」
威勢良く抗議しても、返ってきたのはどう聞いても冗談めいた答えだった。
それでも、もう一度視線を合わせた谷崎の目は、笑っては居なかった。
「思い切って、結婚してみないか。君を谷崎の籍を入れるのは難しそうだから、俺が婿に入ればいい。どうせ、俺は谷崎の家には必要のない人間だから、彼らにとっては万々歳だろう。お父さんには、俺からうまく説明するよ。昨日、随分と打ち解けたから、きっと許してもらえるはず。」
「ちょっと、一体何なのよ、急に!!」
次から次へと繰り出される谷崎の立てた計画に私は悲鳴のような抗議の声を上げた。
「すぐに籍を入れるのに抵抗があるなら、当面は事実婚でもいい。一緒に暮らしていればちゃんと夫婦や親子に見えるさ。夫婦別姓主義ってことにしてもいいし。もちろん、子どもはきちんと認知するよ。」
「ちょっと、だから、そういうことじゃないって……」
どんどん話を進めていく谷崎を、何とか止めようと声を荒げる。プロポーズ……などという雰囲気ではない。まるで、仕事の提案のような手際の良さだ。
「認知だなんて、出来るわけ無いじゃない!!あなたの子供じゃ……んがっ……」
ボリュームが大きくなりすぎた声を隠すように、急に正面から抱き寄せられて顔を肩口に押し当てられる。
と、同時に谷崎は私の耳元にそっと囁いた。
「やっぱり、俺の子どもじゃないの?」
「当たり前でしょう?」
「でも、俺は君と子どもができるようなことした覚えがあるんだけど。」
「そんなの、十年も前のはなしでしょうが!!」
さすがに近所に聞こえるほど大声で言い合いするわけにはいかないため、小声で応酬する。
谷崎は私を抱きしめたまま、クスクスと機嫌良く笑った。
その瞬間、私の胸の内には甘酸っぱい青春の日々が甦る。
あの頃、好きだった。
十年前、付き合っていた時に何度か見たことのある、谷崎の本当の笑顔だ。