ハロー、マイファーストレディ!
『初めまして、私こういう者です。お友達の内海真依子さんのことで、少しお聞きしたいことが……』
十年ぶりに会った谷崎は、仕事を終えてサロンから出てきた私に、名刺を差し出しながら声を掛けてきた。
その、まるで初対面のような口調に、本当に私のことなどきれいさっぱり忘れているのかと思ったくらいだ。
しかし、話すうちにそうでないことに気が付く。
谷崎は、話をしながら時折懐かしそうに目を細める。その視線の先は、いつも私の指先だった。
十年前、まだ高校生だったころの私は、今よりずっと綺麗な指先をしていて。いつも谷崎はその指先を綺麗だと褒め、自分の指を絡めた。
十年ぶりに向けられたかつての恋人の視線は、あの頃より少しだけ大人びた顔ではなく、仕事で使い込まれた、お世辞にも綺麗だとは言えない指先に注がれていた。
その意味深な視線に確信した。
谷崎は私のことをちゃんと覚えているのだと。
ちょうど谷崎と付き合っていた頃、例の騒動で大変な時期だった真依子には、彼の話をしたことは一度もなかった。だから、再会してからも、特に彼女にも何も話さなかった。
おまけに、再会してからの谷崎は、ずっと私と初対面のフリをしていたのだ。私だけ意識をしているのがアホらしく感じるほどに、彼は徹底していた。時折、私の指先を見つめている時以外は。
それが、どういう訳で、今更、昔の話を蒸し返したのか、まるで分からない。
谷崎透は、私にとって、
初めて真剣に恋をした相手で、
私を弄んで容赦なく切り捨てた男で、
私の華麗なるダメンズ遍歴の原点だ。
十年経っても、私のダメ男好きが変わっていないように、この男もまるで変わってはいなかった。
柔らかい物腰に、人の良い笑顔。
軽く誘いかけるだけで、すぐに相手をその気にさせてしまう。
それが、この男の本性ではないと分かっていても、つい絆されそうになってしまう。
けれど、私はすでに知っている。
この男は、実は腹黒な最低男で。
目先の利益や一時の快楽にしか興味がなく。
そして、心にとても深い傷を負っていることを。