ハロー、マイファーストレディ!
「父親は、俳優の青田瞬太郎ってとこ?」
いきなり飛び出したその名前に、反射的にピクリと反応する。
青田とは、数年前に仕事で知り合って以来、いわゆる遊びの付き合いだった。女優の妻と一緒に芸能界のおしどり夫婦を演じているが、実はとっくの昔に冷め切っている仮面夫婦らしい。寂しいと縋り付いてくる青田を振り切れずに、何度か関係を持った。付き合っている訳ではないから、真依子にも話したことはない。それくらい、薄っぺらい関係だった。とても、子どもが出来たから産もうと思うなどと言い出せる関係ではない。
どうしてそれを?と彼の顔を見上げた私に、谷崎はにこやかに首を傾げて答える。
「少し調べれば分かることだ。」
「調べたの?私のことも?何のために?」
偽装結婚計画のために、真依子についてはその素性を調べる必要に迫られたはずだが、私にはその必要は無いはずだ。
「ホント何のためにだろうな。あえて言うなら、いつか君に借りを返すために、かな。」
訳の分からない彼の発言を必死に理解しようと、眉間に皺を寄せながら、目まぐるしく思考を巡らす。
その姿を見下ろしながら、谷崎はまたクスクスと笑った。
「分からないだろうな、君には。あの頃の俺がどれだけ君に救われたかなんて。」
その一言に、長く心に留まっていた胸のつかえが取れた気がした。少なくとも、私が彼に捧げた愛情には、幾ばくかの意味があったらしい。
「それならよかったわ。でも、もう昔のことよ。今更大げさに借りを返せなんて言わないわ。」
「いや、俺にとっては大げさな話だった。多分、征太郎と君に出会わなかったら、俺はもうとっくにこの世には居ないと思う。」
「それに感謝してもらえただけで、もう十分よ。」
死にたくなるほどの絶望から彼を救えたのだとしたら、本望以外の何ものでもない。
私には返して貰う借りなどないのだ。