ハロー、マイファーストレディ!

「あと、もう一つ。正しいことをしていれば、ちゃんと報われるんだと分かった。」

硴野元が、政界引退を表明した。まだ辞職した訳ではないので、身分は議員のままだが、総裁選だけでなく次の総選挙にも出馬しないことを決めたという。
収賄騒動の発端となった元竹田建設の久住が、全て硴野の指示でやったことだと自供したためだ。硴野は関与を否定しているが、どうやら久住も家族の汚職をネタに硴野から脅されていたらしい。
母への脅迫の件も含めて、硴野への捜査は現在も進められているが、決定的な証拠に乏しく、逮捕されたとしてもおそらく不起訴処分となるだろうという。
たとえ、法的に罪に問われることはなくとも、硴野に対する世間の追求は10年前以上に厳しく、結果的に政界引退を余儀なくされた形だ。


「透、次の総裁選、朝川を支持することにした。昨日の夜、すでに朝川には連絡済みだ。」
「ああ、分かった。マスコミ対応はまかせとけ。」

硴野が総裁選不出馬を表明した今、党内ではクリーンなイメージの朝川に期待する声も高くなってきたが、依然として勝つか負けるか五分五分の状況だ。
おもむろに伝えた業務連絡にも、透は当然のようにすぐに対応し始める。ノートパソコンを取り出して、メールの返信と書類の作成を同時にこなし、視線はパソコンに向けたまま俺に話し掛けてくる。

「いよいよ、総裁選に勝てば大臣か?」
「いや、昨日打診されたが断った。」
「どうしてだ?」

透の気の早い質問に、あっさりと事実のままを答える。意外だったのか、透の手が一瞬止まった。

「もう少しだけ、ゆっくり勉強する時間が欲しい。じっくり考える時間も、政策について議論する時間も、今の俺には足りていない。」

それは、以前から感じていたことだった。周りに振り回され、先を急ぐあまり、見えていなかった本質がある。
どうせなら、じっくりと自分のベストを尽くして後悔のないように進みたい。少し前のどうしようもなく焦っていた俺には、気になりつつも踏み切れなかったことだった。
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