ハロー、マイファーストレディ!
文句ないだろうとばかりに、長谷川巧己は電話口で得意げに笑った。どういう風の吹き回しかと事情を聞いてみれば、決まっていた政略結婚の婚約を破棄して、予約してあった式場をキャンセルするところらしい。相手は業界屈指の急成長を遂げた矢島物産の社長の姪で、結婚により業務提携が進めば、ハセガワは大きく世界に販路を広げるところだったという。

『俺にとっては、高柳征太郎は永遠のライバルだってことだ。惚れた女の隣で幸せそうにしてるお前を見て、どうにもこうにも羨ましくなったんだから仕方ない。』

婚約を破棄して、親からは勘当されたらしい。それでも、長谷川の声は晴れやかだった。
自ら引き抜いた若手女性デザイナーと独立し、手始めにオーダーメイドシューズの店を始めたらしい。公私ともにパートナーとなった、そのデザイナーとすでに一緒に暮らしているという彼に、こう切り返した。

『ちゃんと当日、ご祝儀は持って来いよ。後援会の関係者席じゃなくて、友人の席を用意してやる。パートナーも同伴でな。』

勘当された父親の席の隣では気まずいだろうと気を利かせた俺に、長谷川は返す言葉もなく、しばらく唖然としていたようだった。

「やっと、巧己も征太郎のオトモダチになれたって訳か。」
「やめろ、そんなんじゃない。披露宴は、真依子と大川が呼べと言うから呼ぶだけだ。」
「はは、まあ、そういうことにしておいてやるよ。」

透の呆れたような顔を見て、電話を切る直前、長谷川が小声で「昔はくだらないことで張り合って、悪かった」と呟いたことは、聞こえなかったことにしようと思う。

中途半端な和解など必要ない。
ただ仲良くするだけが、最良の関係を生み出すわけじゃない。
長谷川とはこのまま程よい距離感の“ライバル”で居る方が、ずっとお互いにとってプラスになるように思えた。
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