ハロー、マイファーストレディ!
楽団の演奏が始まると、大統領が征太郎の耳元で何かを囁いた。征太郎は一度視線を足下に落としてから、微笑んで言葉を返した。
そして、ほんの数秒、視線を彷徨わす。どうやら、この俺を探しているらしい。
セレモニーが終わると、すぐに征太郎を移動の車に乗せる。車はアメリカ側が用意したものだが、無理を言って運転手は日本から連れてきた。あとは、征太郎と真依子と俺の三人だけだ。
すぐに、征太郎が呆れたような顔をして、日本語で話し始めた。
「大統領が、靴を注文したいそうだ。」
子どものようにふて腐れている征太郎を見て、抑えきれずに笑い声が漏れる。
「笑い事じゃない!!あんな重大な場面で耳打ちされるから何事かと思ったら、靴の注文だぞ?信じられるか?ご夫人のパーティー用のミュールを頼みたいそうだ。……スミカ・ハセガワに。」
「ご夫人は、無類の靴好きで有名だからな。何でも、ホワイトハウスにも数千足のコレクションを持ち込んだとか。」
「靴をコレクションか?靴は履いてこそ、良さが分かるものだろう?」
まだまだ不満そうな声を上げながら、征太郎は広々としたキャデラックの車中で足を組み、自らも愛用しているスミカ・ハセガワの靴を目を細めながら眺めた。
スミカ・ハセガワは数年前から人気に火が付いたシューズブランドだ。既製品も手がけているが、その人のイメージに合わせてデザインされる、オーダーメイドの一点物の靴が人気を博し、今では予約しても半年から一年くらい待つのが当たり前だという。その人気は国内に留まることなく、海外のモデルやセレブ達の間でも、話題になっているという。
「確かに、純夏さんの靴は、素敵なだけじゃなくて、履き心地も抜群だもの。」
征太郎の隣に座る真依子が、フフフと笑いをこらえながら、自らの足下に視線を落とす。彼女の白いパンプスも、スミカ・ハセガワの一点物だ。