ハロー、マイファーストレディ!

瞳の部屋で勝手に昼ご飯を食べて、ソファに寝そべりながら、ファッション誌をめくる(もちろん、瞳の)。
せっかくの休みなのに、出歩けないとは何とも不便だ。
休みと言っても、半分くらい謹慎みたいなものだから仕方ないかと一人ごちる。

雑誌も読み終えて、いよいよ暇を持て余したところで、テーブルの上に置いたスマホがブルブルと震えた。

“テレビ見てる?
見てなかったら、至急、5チャンネル”

瞳からのメッセージに、「ハイハイ」と誰も聞いていない返事を返し、リモコンを手に取ってテレビの電源を入れた。
話題のお店でも紹介されているのだろうか。瞳も私も、その手の情報には敏感だ。

すると、予想に反して画面には今一番見たくない男の顔が映し出される。
見たくないというのには語弊があるかもしれない。むしろ、いますぐ会って一言文句を言ってやりたいくらいだ。

テレビ画面に向かって怒りの言葉を発しても仕方ないので、とりあえずは冷静に画面を見つめる。
どうやら、今日の午前中にあの男が出席した『全国ニコニコ禁煙週間』のPRイベントの映像らしい。
やがて、レポーターが高柳征太郎を取り囲んでマイクを向けた。
所謂、囲み取材というやつだ。

もちろん、こういう場面にお決まりの「イベントと関係ない質問はご遠慮ください」という主催者側のアナウンスは丸々無視されている。

「高柳議員、あの女性とはどういった関係ですか?」
「記事の内容は本当ですか?」
「ご結婚されるという報道もでていますが?」

さすがに、今日の今日で、報道陣が関係ない質問をご遠慮する訳もない。見ている側も禁煙より、そっちの話題の方が興味深いだろう。

何しろ、私自身も気になっている。
この男が何と釈明するのか。
そして、きちんと誤解が解ければ、すぐにでも、この退屈な休暇から抜け出せるのだ。
私としては、気になるのは当然だ。


高柳征太郎は、ここぞとばかりに爽やかな微笑みを浮かべた。
この嘘くさい笑顔に、どれだけの人が騙されるのだろう。
私は騙されないが、世の善良なマダムやお嬢さん方は、今からこの顔で彼が発する言葉を信じてしまうのだろう。
彼は、その形のいい薄い唇を開いて言った。

「彼女とは、真剣にお付き合いさせていただいています。」










「はぁ?」


驚きのあまり、思わず間抜けな声を発してしまう。
誰も居ない部屋に響きわたる、私の声。
そして、開いた口が塞がらないというのを、初めて実際に体験した。

「ちょっと!何言って…」

慌てて、彼の発言を何とか止めようとするが、テレビ画面の前、一視聴者に過ぎない私は無力だった。

「私の大切な人です。みなさんにも温かく見守っていただけると、嬉しいのですが。」

はにかんだような表情をして、ほんのり頬を赤く染めた政界のプリンスは、実に美しく微笑んだ。
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