ハロー、マイファーストレディ!

上々の結果に、俺と透は機嫌良く仕事を片づけ始めた。
熱愛報道があろうとなかろうと、仕事は平常運転だ。
しかも、例の法案が無事に衆院を通過したのも束の間、来週から参院での審議が始まる。
まだまだ気が抜けない状況なのだ。

そのまま仕事に集中していると、透の携帯が胸ポケットで音を立てる。
透は未だにガラケー使用者だ。
常に、仕事のためタブレット端末やノートパソコンを持ち歩いているためスマホの必要性は全く感じないらしい。

透は、素早く着信相手を確認すると、軽く首を傾げてから通話ボタンを押した。

「ちょっと、どうなってるのよ!」

透が耳に当てた携帯から漏れ聞こえてきたのは、甲高い女の声で。
どうやら、相当ご立腹のようである。

「聞いてるの?私のアパートまでマスコミが来てるんですって。話が違うわよ。ちゃんと、マスコミには手を回すって言ってたじゃない。」

その声は、瞳のものだった。
透は、慌てて耳から携帯を離すと、周りに誰もいないことを確認してから、通話をハンズフリーにして、俺とも会話出来るようにした。 ガラケーでもそれくらいの機能はあるらしい。

「インターフォンが、鳴り止まないって真依子から連絡があったの。あの子、昔のトラウマがあるから。多分、一人で泣いてるかも。」

真依子という名前に素早く反応して、聞き返した。

「もしもし、高柳だ。彼女は、今君の家に居るのか?」
「そうよ。すぐに何とかしなさいよ!じゃないと、今すぐ全部マスコミにバラしてやるから。」

すごい剣幕でまくし立てる瞳に、これは早急に対応をせねばと腰を上げる。
思っていたより、報道が過熱しているらしい。

「わかった。すぐに何とかする。透に迎えに行かせるから、君は店から出るなよ。」

そう言って瞳を落ち着かせてから、すぐに透に指示を出した。

「透、マスコミを巻いて、真依子を連れ出せ。しばらく安全な場所に…とりあえずはホテルだな。」
「はいはい。仰せの通りに。未来のファーストレディは、クラウンホテルのスイートにでもお連れしましょうかね。今日は…空いてるな。」
「クラウンか…ちょうどいいな。今時の派手なホテルは目立つからな。」
「あと、ここは朝食がうまいんだよ。女はみんな喜ぶぞ。」

かつて、女と泊まったことがあるのか、透は軽いノリで会話しながら、片手でノートパソコンを操作しつつ、すぐに電話をかけ始める。
どうやら、透の黒のプリウスで真依子の家の周りをうろついてマスコミをそちらに引きつける作戦らしい。

「口説き落とすのは、当然、未来の首相の仕事だな。」

ものの数分で、ひとまずの手配を終えると、透は俺の耳元でプレッシャーを掛ける。

「ああ、仕事が片づいたら連絡する。」

俺は、どこか楽しんでいるような透に向かって、自信満々に微笑んだ。
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