ハロー、マイファーストレディ!

□ 妻になるということ


どうやら、いつの間にか寝てしまっていたらしい。

完全に拭いきれていない涙の跡と、唇に残る熱い感触が、先程自分の身に起きたことを思い出させる。

時計を見れば、午前1時過ぎ。
どうやら、一時間ほど眠っていたようだ。
起きあがることなく、顔と目だけ動かしてきょろきょろと見渡す限り、高柳征太郎の姿はない。

彼が腰掛けていたあたりは、シーツの皺が寄るだけで、触れても冷たかった。

あれから、すぐに帰ったのかな?

そう結論づけて、私は小さく安堵のため息を吐いた。

我ながら、大胆な決断をしたものだ。

10年前、全てを胸の内に秘めて、平穏にひっそりと生きていく決意をした。
その決意を、征太郎はいとも簡単に揺るがした。
どれだけ月日が流れようとも、私の中にある憎しみも、悲しみも、どこへも消えてはいなくて。
復讐以外に、その感情が消えることはないと、彼は言った。
そして、俺の手を取れば、法も危険も犯さずに彼らに復讐することが出来るとも。

ひょっとしたら、うまく言いくるめられて、利用されているだけなのかも知れない。
罠にはまった馬鹿な女だと、陰で笑われているかも知れない。

それでも、構わない。
どうせ、他に大した目標がある人生でもない。
少しでも復讐の機会があるというのなら、それに乗らない手はない。
あの瞬間、私の心は大きく動いたのだ。

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