ハロー、マイファーストレディ!
そんなつもりは毛頭無かったが、どうやら特別室に入ることを拒んだ俺に病院側が配慮してくれたらしい。
どうりで先ほどから俺の他には誰も入ってこなかったわけだ。
彼女の指摘は尤もだった。

「すまなかった。」

素直に謝ると、彼女が少し意外そうな顔をしたが、すぐに元の表情へと舞い戻った。

「いえ、こちらこそ。少し言い過ぎました。お大事に。」

顔は相変わらずニコリともしないが、どうやら性格は意外に素直らしい。
掛けられた言葉に、いつもの仮面の微笑みで返すと、とたんに気味が悪そうな顔をした。

「今更、その嘘くさい笑顔見せられても。」
「好感度が下がると困るから、さっきの俺の態度は忘れてくれ。口止めが必要なら何か用意するが?」
「いえ、結構です。政治家って、やっぱり嘘つきですね。」
「いや、愛想良くはしてるけど、嘘はついてない。君は愛想笑いくらい覚えた方がよさそうだが。」
「ご忠告どうも。医療を語る前に、ご自身の健康管理くらいまともになさってくださいね。」

彼女はやはりニコリともせずに去っていく。
久々に秘書以外の人間と、素の自分で会話をした。
そのことが何だか嬉しくなって、つい顔が緩んでしまった。

「珍しいですね。」

谷崎に声をかけられて、我に返った。
珍しいのは、先ほどのやりとりか、それとも俺の緩みきった顔か。

「ああ、ちょっとな。」

俺は何でもないかのように誤魔化してから、颯爽とジャケットを羽織った。

「帰るぞ。」

その一言で、足も気持ちもすでに霞ヶ関へと向いていた。
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