ハロー、マイファーストレディ!
「あ、お帰りなさい。」

振り向きざまに、かるーい調子で声を掛けてきた真依子は、ちょうどお茶を淹れているところで。
小さなダイニングテーブルには、何故か俺の秘書が畏まった顔をして座っていた。

「あの、先生すみません。」

地元に置いている私設秘書の一人で名前を橋元(はしもと)という、その小柄な若い男は、何故か食べ終わった後の食器を前に申し訳なさそうに俺に詫びた。

「いいのよ、橋元さん。何人分作っても手間は大して変わりませんから。はい、これ食後のお茶です。」
「いや、でも、先生の大切な方に私ごときが食事のお世話をしていただくなんて…」

どうやら、真依子が橋元に夕食を振る舞ったらしい。
橋元にしてみれば、真依子が申し出たこととはいえ、雇い主の恋人に手料理をごちそうになり、しかもそれを俺に見つかったものだから、えらく恐縮しているというわけだ。

「あの、えっと…征太郎さんも召し上がる?」
「ああ。」

名前を呼ばれて、そう言えば何と呼び合うのか決めていなかったことに気が付く。
咄嗟に思いつきで俺の名前を「さん」付けで呼んだのだろう。
思いの外恥ずかしかったのか、涼しい顔を装っているが、わずかに目が泳いでいる。
ここにいるのが、秘書の中でも天然キャラの橋元じゃなかったら、怪しまれているかもしれない。
だが、橋元は「先生、羨ましすぎます!」と、今日は薄化粧だがそれでも十分に美しい真依子の顔をうっとりと眺めていた。
思わず、その様子が可笑しくて吹き出しそうになる。

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