恋愛優遇は穏便に
店の奥を折れた場所の資材置き場と称する、段ボールや使われないテーブルや椅子が並ぶ薄暗い場所へと連れていかれた。

壁に背中をつけられると、顎をぐいっと強引に上に向けさせられた。


「や、やめてください、政……」


薄暗い場所で表情が読み取れない。

熱い息がかかり、顔を背けた。

それなのに。


「ん……んっ、んっ」


厚い唇が私の唇を覆い尽くす。

苦しくなって唇を開いた途端、容赦なく舌が入れられ、絡みつけられる。

どうあがいても逃げられなかった。


「……お兄、さん……」


どれぐらい時間が経ったのか、よくわからなかった。

互いにはあ、はあと息を殺す。


「キスしたひと、間違えちゃった。むつみチャン」


政義さんは銀ぶちメガネ越しにいたずらなまなざしを送っている。


「どう? 上質なワインと濃厚なキスのお味は」


「……知りません」


「そうかな。ボクはおいしかったけどなあ。久々に味わう、むつみチャンのキスの味」


そういって、政義さんは口元があげているけれど、やっぱりメガネの奥は笑っていなかった。


「デザートが食べられて幸せだよ」


「お、お兄さん……」


「あ、そうだ。このことは政宗には秘密にしておこうね」


政義さんは鼻歌まじりに先にいってしまった。

どうして、こんなときに。

急いでお手洗いにかけこみ、鏡をもう一度みた。

目はうるみ、唇が腫れていて、グロスがはげている。

絡められた舌がヒリヒリと痛い。

この状況で政宗さんの隣に座るなんて、どうしたらいいんだろう。
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