恋愛優遇は穏便に
火曜日も水曜日も木曜日、朝も帰りも政宗さんには会えなかった。

北野さんにも、五十嵐くん、このところ営業の仕事が忙しくなってて、なかなか事務所に戻れないって嘆いていたわよ、と話してくれていた。

大変なときこそ、私が支えるべきなのか、とメールをしようとしたけれど、余計な負担になると思ってやめておいた。

金曜日になって、そろそろ会えるかな、と期待していた。

朝、事務所のドアを開けてみたけれど、やはり北野さんと高清水さんだけしかいなかった。


「顔に出ちゃってるわよ、むつみちゃん。残念だって」


「……え、そ、そうですか?」


「所長も今日ぐらいは顔出してあげればいいのに」


そういって、高清水さんは仕事の準備をしていた。


「来月は営業と所長の研修が控えてます。わたしは営業の、五十嵐くんは所長の研修が入るのでよろしくお願いします」


朝礼で北野さんが知らせてくれた。

北野さんが営業に回り、いつものように受注発注業務に勤しむ。

ふと、北野さんの言葉を思い出した。

顔に出ている、か。

一瞬、政義さんの言葉が脳裏をかけめぐった。


「そういう顔、誰にでもするんだね」


その言葉に、胸が苦しくなる。

はめてもいないのに、右手の薬指がやけに重く感じる。


「どうかしました? 顔色、悪いですけど」


高清水さんの声で我に帰る。

高清水さんはパソコン入力の手をとめ、眉毛を八の字にさせている。


「……いえ、大丈夫です」


「急ぎの仕事はないので、少し休んでもいいですよ」


「いえ、大丈夫ですから」


「残りの処理はあたしがやりますから」


といって、机に置いてあった書類をごそっと自分の机に置いて処理しはじめた。
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