恋愛優遇は穏便に
紺色のスーツに水色のドットの入ったネクタイを締め、カバンを手にした政宗さんが廊下にいた。

政宗さんは目を丸くして立ち尽くしている。


「むつみさん」


「政宗さん……」


「ここで働いているんですか?」


「え……」


「どうかしたの。むつみチャン」


エレベーターホールにさしかかったとき、政義さんが大声で私を呼んだ。


「兄さん」


政宗さんが少しずつ険しい表情に変わっていった。


「もしかして、むつみさん……」


ダンボールをエレベーターの前へ置き、政義さんが私の横に駆け寄ってきた。


「どうも。ボクの部下のむつみチャンです」


「何で……」


政宗さんが弱々しい声でつぶやいた。


「ご、ごめんなさい」


「今、仕事中なんだ。先を急ぐよ。行こう、むつみチャン」


そういって私を追い立てるように政義さんが声をかけ、先にエレベーターホールへと向かった。


「すみません。またあとで」


「むつみさん……」


政宗さんへ言葉をかける余裕はなかった。

どうしてこんなときに政宗さんに会ってしまったんだろう。

政宗さんを振り切り、政義さんのもとへと行く。

エレベーターに乗ろうとしたとき、廊下へと目を向ける。

やはり政宗さんは私を立ち止まり、じっと見据えていた。
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