茜の忍
出逢い
忍(しのび)
中世から近世の日本において諜報・破壊・暗殺活動を行っていたとされる、個人ないし集団の名称。
その多くは、明治時代に入ると自然消滅した。
今、平成の世。 生き残りの忍達が、現代社会に牙を剥く。
「撃てエエエーー!!!」
とても女性とは思えない戦闘的な絶叫と共に、日本空軍の戦闘機が一斉射撃を開始した。目標は、白銀の天馬に乗ってライフルをぶっ放している・・・少年。栗色の髪が黒装束に映えて、大きく揺れた。
「国家警察と空軍がお出ましたあ・・・ついてねえなあ、スズ!!」
「気をつけて、光(ひかる)!」
半ばヤケクソ気味に少年が叫ぶと、それを叱咤するように天馬が怒鳴り急降下した。
少年の名前は日野 光(ひの ひかる)
忍・くノ一養成学校『茜』の最高学年、『落葉』(らくよう)の一人だ。現在、東京都内の山の中で国家警察および空軍とチャンバラの真っ最中である。
光が放ったライフル弾が戦闘機のエンジン部分を撃ち抜き、戦闘機が火を吹いて墜落していった。地上で指示を出していた女が大きく舌打ちをする。
「何て無様な・・・!」
言うが早いが恐ろしい跳躍力で飛行中の戦闘機に飛び乗った女は、長い黒髪を振り乱し、銃で光の眉間を狙い撃ちした。
地獄の鬼もかくや、悪鬼のように顔を歪めた女。銃弾を回避して自分の脇を通り過ぎた光に向かって、、思い切り中指を突っ立てて見せた。
警察にあるまじき行為である。
「何だよあの女・・・。怖いんですけど、本当に警察ですか?」
「光よりずっと悪人面ね」
ぞっとして女を見る光に対して、嫌に落ち着いている天馬のスズ。忍という職業柄、警察とやり合う事に慣れている彼らにとってもドン引きな女警察の存在はもはや見上げたものだった。なにせ飛行中の戦闘機の上で平然と立っているのだから。化け物女もいいところではないか。
「ちょっと青葉先輩何やってるんですか。さっさと撃ち落として下さい、あんな雑魚忍者」
「あんたが乗ってるから手加減してるんだけどねー。つーか戦闘機の上に乗るって何なの?馬鹿なの?さっさと降りなさい、俺の乗り物から」
「む。・・・・すみません、少々やり過ぎました。降ります、ハイ」
戦闘機を操縦している男が大あくびをかましして白髪混じりの頭をかき混ぜると、女は割と素直に機体から飛び降りた。
風に煽られ、フワリフワリと体重がないかのようにその体が漂う。光がふっと目つきを鋭くした。
「術者か」
「失礼な。私は国に望まれた、能力者なのよ」
再び地上に降り立った女が、カシャリと小型の銃を構える。
「反逆者は死になさい。我等が『正義』の、礎のために」
「ハッ!何が『正義』だよ」
光がスズの上で女を嘲笑った瞬間。女のレボルバーが火を吹いた。『正義』を語る人間の目は、『反逆者』よりはるかに冷たく凍えている。
鮮やかに弾を回避した光に、もう一発と銃口を向けた時、彼女の部下が恐怖でうわずった声を上げた。
「中村隊長っ!来ました!!お・・・『鬼の傀儡』(かいらい)ですっっ!!!」
バッと女が部下の指差す空を見上げる。飛行機でさえ息を止めたのではないかと思われるような空気の中で、光とスズも思わずそれにならった。
遠い遠い北の空。透き通るような青い空に一点、黒い影が縫いつけられている。飛行機か?と光が首を傾げようとした時、バサリとそれは一度大きく羽ばたいた。
「鳥・・・?」
小さく呟くスズに、光も思わず声を落として呟き返す。
「いや、鳥にしてはデカすぎるだろ。あれは・・・」
グングンと近くなる距離。女の合図で、警官隊が一斉に銃を構えた。戦闘機までグルリと向きを変え、光としては当然おもしろくないが、しょうがない。近づく脅威が、光達にその姿を晒した。
禍々しいオーラを放つ巨大な黒い翼。顔のまわりを黒い羽毛らしき物が覆っていたが、僅かに覗く白い肌や顔立ちは間違えようもない。
「人面鳥・・・!!」
目を見開く光。女は険しい顔で部下と共に銃を構えた。 その時。
オオオーーーーーン・・・
山々に木霊した狼の遠吠え。警察官がサアッと青ざめる中、女が静かに目を閉じた。
「・・・・来る」
ーーーーーーっっっっっ!!!
狼の声に応えて、猛禽類の声で威嚇する人面鳥。空軍に向かって急降下を始めた異形の姿を、正面から戦闘機が迎え撃つ。援護する警官隊。
戦闘の火蓋が、切って落とされた。
***
「すげえなあ、コレ・・・」
戦闘開始から十五分。辺りは空も地上も地獄絵図となっていた。8機あった戦闘機は5機が墜落させられ、操縦士の心はとっくの昔にへし折れている。
地上は地上でさらに悪い。戦闘開始から僅か一分で、人面鳥の援護に駆けつけた馬鹿でかい漆黒の狼が参戦したからだ。
馬程のデカさがある時点で明白だが、ただの狼である筈がない。はっきりとした意志を持って、警官隊を攻撃している。時々大きなほえ声を上げては 人面鳥に合図を出していた。それを受けて繰り出される人面鳥の攻撃力も全く洒落にならない強さで。早くも半ベソをかいている警官隊に光は同情の目を 向けた。 疲弊しきった警官隊に、容赦なく人面鳥が急降下する。先ほどの威嚇の声と言い、余程侵入者どもに腹を立てていると見えてその攻撃は執拗だった。
問題は警察達がどこに侵入して、誰の怒りを買っているかだ。
人面鳥は何年も前に絶滅した。つまりここにいる人面鳥は、何らかの術者である可能性が高い。術を得意とするのは基本的に忍たちだ。
忍は大抵集団で組織を作る。どこの忍のグループを怒らせたか。
しばらく戦闘から離れて考えていた光は、ふとそのグループに心当たりがして一瞬で青ざめた。
「まさか・・・!!」
イヤイヤイヤ、それはヤバい。この警官隊と空軍が全滅する!下手したら今ここにいる自分も始末されかねない。
しばし悶絶する光。殺されるのを待つか。殺されに行くか。どっちにしても慰められない二者択一に悩んだ後・・・--。
光は戦場に飛び込んでいた。
「・・・ちょっと、私の命の保証してちょうだいよね」
光を乗せたスズの声は、誰にも届かず消えたそうな…‥。