茜の忍
「きりがないわね」

地上で狼と睨み合っていた女警察が、銃の弾変えをしながら空を見上げた。『鬼の傀儡』の異名を持つ、今回のターゲットである少年忍者を おびき寄せたところまでは良かったのだ。少年忍者の相棒である人狼が来るのも予想済みである。予想外だったのは、『茜』の腕利き忍者 日野 光が
参戦したことだった。雑魚忍者などと相手を挑発してはみたが、光の戦闘力は個人でも侮れない。空軍は既に瀕死の状態だったところに光が飛び込んだため、
目も当てられない状態だ。      正直、分が悪い。
撤退。・・・・・・最悪の考えが女警察、中村 冬花(なかむら ふゆは)の脳裏をよぎった。

「どうした、もう終わりかぁ?」

牙を剥き出して残忍な笑みを浮かべる漆黒の狼。黄色い瞳がギラリと危険な輝きを放った。
今は獣の姿でいるが、表情豊かな顔がどうしようもなく人間臭い。 冬花は大きく舌打ちする。もう何人、この人狼の少年にやられただろう。
仲間の死体に胸を痛めながら、冬花はクルリと残りの部下とともに踵を返した。  上空の青葉がこちらを見下ろして指示を待っている。
そこから少し離れたところに羽ばたいていた人面鳥は、感情のこもらない瞳で冬花を見つめていた。
腹が立つ程整った白い顔に浮かぶ瞳は漆黒。 その目を持つ少年忍者を、冬花達はずっと捕まえようとしているのに。
悔しさに唇を噛み締めながら、冬花が少年にビシリと銃を突きつけた。途端に光の顔が引きつり、少年が冷めた視線を冬花に向ける。

「お、おい止めとけお前・・・」
「来ましたね。おとなしく捕まりなさい、『鬼の傀儡』 影野 夜。」

光の声なき悲鳴も何のその。正面から喧嘩をふっかければ、少年の相棒の人狼が馬鹿にしたような冷笑を浮かべた。
夜と呼ばれた少年はひどく面倒そうに、自分が破壊した戦闘機の上に舞い降りる。持て余し気味の大きな翼を威嚇するように広げ、冷ややかに冬花を 睨みつけた。

「ここは『鬼団』(きだん)の縄張り。2分以内に部下を連れて立ち去れ」
「嫌だと言ったら?」

冬花が挑発的な笑みを浮かべたが、それは仲間の悲鳴で一瞬にして消し飛んだ。冬花が振り返ると、そこには人狼に組み伏せられた部下の姿が。
眼前に迫る獣の牙に、部下はジワリと涙を浮かべた。

「な、中村隊長・・・」

助けて下さい、と涙ながらに訴える部下。ここで捨ててしまえるほど、部下の命は軽くない。冬花もそこまで非情にはなれない。
言葉に詰まる冬花の姿をジッと観察していた夜は、無表情に言った。


「よく、考えることだ」


この一言で冬花率いる警察、空軍が一斉撤退を余儀なくされたことは言うまでもない。



****

「それじゃあ、邪魔な警察もどっかに行ったことだし?俺はお暇させて貰おうかなー・・・」
「待て」

シュルリ。 光の腕に、夜の髪の毛が巻きついた。もうすっかり人面鳥の姿を解いた夜。驚いた事に、あの人面鳥を構成していたのは 全て夜の髪の毛だったのだ。何かしらの術者だとは思っていたが、髪を操る術者だったとは。今光の前に立っている少年は、足元まであろうかと言う黒髪を
風になびかせた見た目は普通の少年だ。光と同い年か、下手すれば年下の可能性もある夜に光は完全に捕まってしまった。

「な、何だよ。言っとくけど俺はお前を援護したんであって、邪魔した訳じゃあねぇからな?」
「お前は『鬼団』の縄張りに居た」
俺は頭(かしら)からゴミの掃除を命じられてる。

一切の表情の変化を見せない夜は、光に向かってただ淡々とそう言った。一気に冷や汗を流す光の心など、夜が知る訳がない。


『鬼団』は今一番力が有るとされる、忍を集めた武装集団だ。年齢に関係なく、実力次第で幹部にものし上がれるような弱肉強食な組織。
『鬼の傀儡』 影野 夜は、十六歳という若さでその『鬼団』の四幹部の一人に数えられる事で有名だった。
 忍者というものは基本的に仲が悪い。自分の数少ない仲間以外けして信じないような用心深い忍がほとんどだからだ。
そのせいもあってか、『鬼団』という組織は『茜』と大変仲がよろしくなかった。道端でついうっかり会おうものなら、即座に殺し合いに発展する 程度には嫌い合っている。
さてここで問題です。もし今ここで光が、「我こそが『茜』の最高学年『落葉』の生徒、日野 光であるーー!!」とか言っちゃったら、どうなるでしょう?
答えは見えていた。
その考えに至るが早いが、コンマ数秒で光が忍服の襟から『茜』の校章をむしり取る。目にも止まらぬ早技でポケットに消えた校章。
不自然さの極みのような光の動作に、流石に夜が光へ視線を向けた。

「・・・何をし」
「いや何も」

いくら何でも速すぎた。途端に胡散臭そうに人狼が唸り声を上げる。瞬き一つの間に人狼がその姿を変えた。
巨大な狼の体はみるみるうちに縮んでスラリと細くなり、黒い体毛は頭部に集中する。ギラつく黄色い瞳はそのままに、異常に耳の尖った 、夜や光と同い年位の少年が世にも面倒くさそうな顔をして立ち上がったのだった。
人間化した狼人間をちらりと見て、夜が光に向かって首を傾げる。同時に、光の腕に絡みついていた髪の毛がギリッと締め付けを強くしてきた。

「質問を変えよう。おまえは何だ、何処の組織に所属している?」
「お、俺~はなあ・・・。えーっと」
「最初に言っておけば、お前は嘘をつかない方がいい」
正直に話せば寿命が延びるかもしれないからな。

ほとんど分からないほど微かに微笑んだ夜の言葉を裏付けるように、さらに伸びた黒髪が今度は光の首に緩く巻き付いた。
無言の脅し。命のやり取り。裏の読み合い。しかし、そんなことは忍の世界では日常茶飯事だ。別に珍しいことでもない。ニヤリと笑った光は、 内心の不安を押し隠し、この危機的状況を打開するための一言を口にした。

「・・・・・・やだなー夜さん、俺のこと覚えてないんすか?所属組織も何も、俺もあんたと同じ『鬼団』のメンバーですよ」
「・・・・・・!?」

名付けて、「嘘八百大作戦」。そのまんまなのはご愛嬌だが、これも一種の心理作戦だ。『鬼団』と言う組織は大きくなり過ぎたが故に、仲間同士の信頼関係が 希薄なことでも有名だった。同じ組織に居ながら幹部以外の顔も知らなかったり、幹部は幹部で直属の部下以外の名前や顔なんて、いちいち記憶してはいない。
つまり、敵と味方の明確な線引きがないのだ。「俺ですよ、俺俺」と当たり前のように言われてしまえば、「え、そうだったかしら」とあっという間に 騙される。新手のオレオレ詐欺みたいなものだ。その証拠に、光を拘束していた髪の毛が一気に力を失った。今まで氷のような無表情を貫いていた夜の顔も、 面白い程に狼狽える。涼しい顔で自分を見据える茶色の瞳に、黒い瞳は戸惑いを隠せずにオロオロとあらぬところをさ迷った。初めて年相応の表情になる夜。
光は更に追い討ちをかけた。

「全く忘れられるなんて心外だなあ。まっ、でもしょうがないですよね。夜さんは幹部として忙しいんだから。
とは言えもう忘れられて傷つくのはごめんなんで言っとくと俺『鬼団』の一番隊に所属してるんで覚えといてくださいわかります?前線で頑張ってるあの
隊ですよもう忘れないで下さいね俺ホント夜さんのこと尊敬してるんで俺の目標なんですよマジで『鬼の傀儡』とかチョーかっこいいっスこれからもよろしく
お願いします」
「・・・・・」

機関銃のような言葉の雨に、思わず呆然と光を見つめる夜と人狼の少年。今言った事を半分も理解出来ていたら奇跡だと思いつつ、光は緩んだ髪の毛を軽く振り払った。
大げさに溜め息をつくスズに飛び乗りながら光は夜達を振り返る。ハッと我に返った人狼が、再び獣化して走り寄って来るのを見て、スズが素早く 飛翔した。まだ少しボンヤリした目で自分を見上げてくる夜に、光は大きく手を振って叫んだ。

「じゃあ俺ちょっと急いでるんで!俺の名前は日野 光!!また会うときがあるかもな!」

意気揚々と飛び去っていく白銀のペガサス。それに乗る少年。





この日、この時代の光と影が出逢ったことを まだ、誰も知らない。
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