残業しないで帰りなさい!

あ、怒っちゃった。
そんなちょっと触られるくらい、たいしたことじゃなかったかな?

「すみません。そんなの……たいしたことじゃないですよね?」

すると課長は目を大きく開いた。

「たいしたことだよ!触られるなんて、嫌じゃなかったの?」

課長が急に大きな声を出したから、驚いて唖然としてしまった。

「え?えっと、そうですね……。イヤでしたけど、でもまさか倒れるなんて、自分でも驚いています……。あの、ホント、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

焦って早口に私がそう言うと、課長は苦しそうにポツリとつぶやいた。

「君に触るなんて……」

「え?」

「そんなことするヤツが重役の業者なんか、取引しなくていい」

「ええっ!」

いやいや、そんなのダメでしょう。っていうか、商談進めてるのは久保田係長だし。

そういえば、久保田係長はどうしたんだろう。あの重役さん、怒っちゃっただろうから、フォローに行ったのかな。

……久保田係長、怒ってるだろうなあ。

そういえば……。

そういえば、課長は久保田係長の元カレなんだっけ。せっかく忘れてたのに、イヤなこと思い出しちゃったな。

この後二人で会ったりするのかな?

課長、私のことなんか心配してていいのかな。

モヤモヤした気持ちでなんとなくじっと課長を見つめたら、課長は「どうしたの?」って感じで首を傾げてじっと見つめてきた。

あれ、なんだろう、これ。王子様がじっと私を見てる。吸い込まれたみたいに目が離せない。

そのまま、息を潜めてじっと見つめ合う。
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