残業しないで帰りなさい!
「二人の世界で見つめ合ってるところをお邪魔して申し訳ないんですけど、救急箱をお持ちいたしましたー!」
白石さんがズイッと課長の横に座った。
あ、白石さん……。
白石さんの顔を見たら、急にホッとして力が抜けた。
「痛いと思うけど、我慢してね」
課長はそう言って握っていた私の左手をゆっくりと離した。
どうやら切れた部分にハンカチを巻いて、その上から握って止血してくれていたらしい。
ハンカチを外すと手のひらが血まみれで自分でも驚いた。
見ると小指の下がザックリ切れている。
ゾッと寒気がした。どうしてこんなことになったんだろう。
「あの……。これ、どうして切れちゃったんでしょうか?」
「倒れた時にね、割れた茶碗の上に倒れちゃったんだよ」
エッ?そうだったんだ……。
そういえば、茶碗が割れたような音は聞こえたけど。
なんて間抜けなんだろう……。わざわざ割れた茶碗の上に倒れなくてもいいのに。私ってホント運がないっていうか、そういうところがダメなんだよなあ。
「まあ、顔じゃなくて良かったよねー。怪我したのはこの一カ所だけみたいだし」
白石さんはそう言いながら消毒薬を浸したガーゼで私の手をきれいに拭いてくれた。
注射の前に塗られるような消毒薬の匂いを嗅ぐと、まるで病院に来たような錯覚に陥る。
そして、今まで全然痛みを感じていなかったのに、消毒薬が傷に触れた瞬間、びっくりするほど沁みて強烈な痛みを感じた。