残業しないで帰りなさい!
『はあ?なにそれ?普通に付き合えばいいじゃん』
瑞穂ならそう言うよね。
そういえば、そうだった。
課長は私をアパートの下まで送ってくれて「じゃあね」と微笑んで軽く手を上げると、帰って行った。
課長と過ごした空気を引きずったまま、自分の家に入って玄関の扉を閉めた。
頭がふわふわしてる。
今日は何があったんだっけ?
今日の出来事を時間を追って思い出すこともできないくらい、頭の中がごちゃごちゃに散らかっている。
少し落ち着こう。
まずは紅茶でも淹れて……。
あっ!ティーパックの紐、取れちゃった。
熱っ!素手で取り出すなんて無理だから!お箸で取ろう。
わあっ!床にお箸、ばら撒いた!
痛っ!引き出しに頭ぶつけた!
……。
なにこれ?
全然落ち着かない!
もう、私、ダメかも……。
そう思って瑞穂に電話をかけた。
電話の向こうから瑞穂の呆れた声が聞こえてくる。
『向こうはアンタのこと、好きって言ってるんでしょ?付き合ってほしいって言ってるんでしょ?何の問題があるのよ?普通に「はい」って言えば済む話じゃない!』
「んー、そう言われてもさあ」
『アンタだって好きなんでしょ?王子のこと』
「うん……」
『そうでもないの?』
「ううん……好き」
初めて「好き」って口に出して言った……。
それだけでドキドキして顔が赤くなる。別に本人に向かって言ったわけでもないのに。
私って、本当に恋愛初心者だ。