残業しないで帰りなさい!

「何か少しでも怖いことがあったり、少しでも倒れそうな兆候があったら必ず俺を呼んで。何時でもかまわないから。仕事中でも遠慮しないで呼んで」

「……うーん」

でも、怖いことなんて滅多にないし、仕事中でも遠慮しないで、なんて言われても、やっぱり気が引けちゃうなあ。

「約束して」

「うん……」

「万が一、君が他の男に助けられたりしたら、耐えがたいから」

えっと、そういう感じ?

「約束。君が呼んだら俺はすぐに駆けつける。君は他の男に助けられてはいけません」

なんだか変な約束だなあ。

翔太くんは抱き締めていた私を少し離して、手を握った。
でもその時、握った手からフワッと伝わってきた。

この人こんなことを言ってるけれど、本当は心から私のことを心配してくれている。本当に私のことを守ろうとしてくれてるんだって。

そう思ったらまた、涙がわいてきた。

「うん……ありがとう、翔太くん」

「君のことは俺が守るから」

でも、守るって言われて気が付いてしまった。

男の人が怖くて苦手なのは、私自身の問題。
守ってもらえるのは嬉しいけれど、この問題は自分の力で乗り越えないといけない。

でも、翔太くんがいてくれるだけで、守られてるっていう安心感が私の背中を支えてくれる。

あの事件の記憶を消すことなんてできない。
でも、消さなくていいって思えた。

私の心の中で、何か一区切りがついたような気がした。
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