残業しないで帰りなさい!

確かに私は昔、とても怖い思いをした。
私は怖い思いをした自分自身に罪悪感というか引け目を感じていた。

怖い目に遭ったのは自分のせいのような気がしていた。
怖いと思うことが悪いことのような気がしていた。

いや、それだけじゃない。
怖い思いをした私、可哀想でしょう?
だから、同情して。慰めて。
どこかでそう思っている自分がいて、そんな自分が嫌で見ないようにしていた。

でも、そう思う私自身を認めてあげても良かったのかもしれない。
そして、今はもう、同情も慰めもいらないってはっきり思える。

確かに怖くて辛くて嫌だったけど、それも含めて今の自分だから。

今の自分じゃなかったら翔太くんには出会えなかったかもしれない。

私は、今の自分を好きになれそう。
翔太くんが好きって言ってくれる、今の自分を私もきっと好きになる。

だから、私はもっと自由に生きてもいいんじゃないのかな。

もっと幸せになってもいいんじゃないのかな。
だって、翔太くんが一緒にいてくれるんだもの。

守られるってそういうことなのかもしれない。
庇護されるってことじゃなくて、自分の存在を肯定する力を与えてくれることなのかもしれない。

「ありがとう、翔太くん」

「ん?」

私がまた同じことを言ったから翔太くんは不思議そうな顔をした。

「私のこと、好きでいてくれてありがとう」

「そんなの、お礼を言われるようなことじゃないよ」

「翔太くんが好きでいてくれるから、私のことを私も好きになれそう」

そう言うと翔太くんは目を大きくして、それから私をぎゅうっと抱き締めた。

「それは俺のセリフだよ。俺も香奈ちゃんが俺のことを好きでいてくれるから、自分のことを好きになれそうなんだ。香奈ちゃんに出会えてよかった。香奈ちゃんのことを好きになってよかった。本当に感謝してる」

翔太くんも同じように思ってくれていたの?
すごくすごく嬉しい。

「じゃあ、お互い様だね?」

「うん」

「翔太くんのこと、大好き」

「俺も香奈ちゃんのこと、大好き。ずっとずっと」

「うん。ずっとずっと」

嬉しくて、腕の中でクスクス笑ったら、翔太くんもクスクス笑った。

このふわっと柔らかく私たちを包む空気が本当に大好き。

こういうのを幸せっていうのかな。
きっと私は今、本当に幸せなんだ。
< 302 / 337 >

この作品をシェア

pagetop