残業しないで帰りなさい!
そんなの当たり前だよね?
何の義理もない赤の他人の子どもなのに、養ってもらったんだから。
「香奈ちゃんは彼らと喧嘩をすることもなく、仲良く過ごしてきたって言ってたよね?もちろんそういう家族もありだと思う。でも、それは香奈ちゃんがずっと遠慮して気を遣って、うまくバランスを保ってきたからなんじゃないのかな?」
「……うん」
そうだと思う。
養ってもらって感謝していた。
でもそれだけじゃなくて、本当は捨てられることへの怖さもあった。
だからずっと遠慮して気を遣ってた。
私はいつもそういう怖さを抱えて生きてきたのかもしれない。
翔太くんは握った手に力を入れた。
「香奈ちゃんは、俺にさえ気を遣って遠慮してる。でも、お願い。俺には遠慮しないで。君と喧嘩をしても君に嫌なことをされても、俺は何があっても絶対に君を手放したりしないから。俺のことは怖がらないでほしいんだ」
「……」
すごいなあ。
翔太くんは私より、私が臆病であることを知っている。
私を知ろうとしてくれている。
私をもっと自由にしようとしてくれている。
これほど嬉しいことがあるでしょうか。
翔太くんの想いがじんわり胸の奥深くに沁み込んで、喉が痛くて目が熱くなった。
「俺だってまともな家族の形なんて知らないけど、俺たちは俺たちの家族の形を作ろう?気なんか遣わないで、遠慮なんかしないで、何も怖がらずに俺たちの姿のままで一緒にいられる家族になろう?」
「うん」
涙が落ちそうで、うつむきながら小さな声で答えた。
「まあ、俺たちはあんまり喧嘩にはなんないだろうけどね」
「うん」
思わず小さく微笑む。
私たち、ほとんど喧嘩をしたことがないもの。
一緒にいるといつも空気が柔らかくてほんわりして、喧嘩になんてならないもの。
「それでも喧嘩しちゃったら、ちゃんと話して仲直りして、握手をしよう?」
「……うん」
今まで堪えていた涙がうなずいた拍子にぽろっと落ちた。
そうだったね。
あなたに怒られて、仲直りの握手をしたよね?
あの時のあなたの手の感触、とても心地よかった。
あの時から、あなたはずっと私の手を握ってくれているような気がする。
目には見えないけれど、あの心地よさに私はずっと包まれている。