残業しないで帰りなさい!
運転する翔太くんの横顔を見つめる。相変わらず、王子様だなあ。
「今日はよく早退できたね?」
「まあ、大事な用事だし、たまにはね」
このところ翔太くんは残業が多い。
他の人には残業するなって言ってるくせに、翔太くん自身はブラック企業時代の影響か、残業って大変だって意識が薄いような気がする。
営業で忙しいのは知っているけど、最近お腹がものすごく大きくなって、動きもままならない私はちょっと心細い。それにあなたの体も心配です。
信号が赤になって車がゆっくり止まった。
「忙しいのは知ってるけど」
「うん」
「残業しないで帰ってきてね」
翔太くんはフッと笑ってうなずいた。
「はい」
翔太くんが指輪の光る左手を私のお腹に伸ばして当てたら、お腹の中から子どもが勢いよく蹴り返してきた。
二人とも目を丸くして、思わず顔を見合わせる。
「この子も帰りなさい!だって」
ふふっと笑って見つめ合う。
この柔らかく包み込む空気が大好き。
あなたと過ごして知った幸せ。
女の子でいられること、恋をすること、家族になること、母になること。
私はあなたが大好きです。
これからもたくさんの幸せな時間を一緒に過ごしたい。
たくさん悲しいこともあると思う。そんな時間も一緒に過ごそう?
私はあなたを大事にします。
それでもあなたは私より、先にいなくなってしまうかもしれない。
でも、お願い。
できるだけ、長生きしてね。
のんびりほのぼの、細く長く。
だから、無理はしないでほしい。
残業しないで帰りなさい!
【完】