残業しないで帰りなさい!
……あの、やっぱり距離、近いです。だって、少し煙草の匂いがする。
鼓動が耳に響いて心臓が破裂しそう。
藤崎課長は少し顔を傾けて、囁くような声で言った。
「君は他の男にもあんなことするの?それとも、俺は……特別?」
「……そ、それは……」
なに、これ……?
うまく息ができない。
課長は、特別……?特別って、何?
頭が働かなくて、困ってわずかに首を傾げた。
他の男の人だったら、絶対に近寄らなかった。だって怖いもん。
でも、藤崎課長には興味がわいて近寄った。今、こんなに近くにいても、怖いと思わない。
それを、特別って言うの?
「……ごめん、変なことを聞いたね。……じゃあ」
答えられないままの私にわずかに微笑むと、藤崎課長は私のそばからスッと離れて、そのまま階段を降りて行った。
その足音はだんだん遠くなって、バタンと扉の閉まる音と共に聞こえなくなった。
ふと、目の前の抜けるような青空を見た。課長が指さした方角を見ても富士山は見えない。
なんだろう、胸が痛い。
この感じは何?
藤崎課長の言う特別って何?
そういえば昨日、藤崎課長も「君は特別」って言ってたけど、あれは何?
藤崎課長にとって私は特別なの?
私にとって藤崎課長は特別?
だって……、近くで見たくなったんだもん。好奇心がわいたんだもん。
課長をじっと見てみたくなった。課長をもっと知りたいと思った。
それを特別って言うんだろうか。