嫌われ者に恋をしました*エピソードplus
声も心も大きなお母さんだけれど、妊婦である私が飛行機に乗ることは意外と心配していた。
隼人さんに至っては、最初からものすごく心配していた。
でも、私の担当医である赤毛の女医さんは、にっこり笑って「あら、いいじゃない」と言っただけで、全く心配する様子はなかった。
ただ、「日本に行くなら、スゥスィは食べないでね」と言い出した。
スゥスィ?
なにその単語?
首をかしげていたら、通訳の恭子さんが「お寿司は食べないで」と訳してくれた。
あら、やだ。
お寿司、ね。
ドイツ語が不安だから恭子さんにいてもらっているのに、日本語が聞き取れないとは、なんたる不覚。
お寿司を食べちゃいけないのは、生魚だから、らしい。
お寿司ねえ……。
脳裏に、艶やかなマグロとか、粒ぞろいの輝くイクラとか、キラキラ美味しそうなお寿司のイメージが浮かんでは消えていく……。
お醤油の風味と口の中でほどける酢飯の食感が懐かしい。
ああ、お腹がすいてきた。
お寿司、食べたいなあ。
玉子とかかっぱ巻きなら良いのでは?
うーん……。なんだか私、すっかり食いしん坊になってしまったみたい。
でも、ダメなら食べません。
食べないように、がんばります。
さっそく、帰ってきた隼人さんにお寿司を食べちゃいけないことを報告した。
「へー?寿司?そうなんだ」
「生魚が良くないみたいですよ。お刺身もダメみたいです」
隼人さんは斜め上を見て、少し考える仕草をした。
「ふーん……。それは母親に言っておいた方が良さそうだな」
「?」
隼人さんは肩をすくめてクスッと笑った。
「覚えてない?実家に行くと、たいてい寿司が出てきただろ?」
ああ、確かに。
「そうでしたね」
「あいつら、誰か来るってなると、必ず出前寿司頼むんだよ。桶の寿司は見映え的に間違いない、とか言ってさ」
隼人さんの実家ではよくお寿司をご馳走になった。
……美味しかったなあ。
今回の一時帰国でも隼人さんの実家にはお邪魔する予定になっている。
病院の予約をしてもらったし、出産時はしばらくお世話になるわけで、お礼も言いたい。