嫌われ者に恋をしました*エピソードplus
レープクーヘンの型にはいろんな形がある。もみの木とか人形とかハートとか。クリスマスらしい型がいっぱい。
私が人形の型を選んで型抜きをしていたら、花ちゃんはハート型を抜きながら、昔キャバ嬢だった時、お客さんに手作りクッキーを配った話をし始めた。もちろん日本語だから、会話は私としか成立しない。
「一度阿久津と別れた時にね、住んでた家もお店も源氏名もぜーんぶ変えて離れたんだけど、お客に営業で配った手作りクッキーをきっかけに阿久津はアタシを見つけたんだよ」
「へえ?阿久津課長、どうやってクッキーで花ちゃんを見つけたの?」
「たまたまクッキー渡した客に阿久津の知り合いがいたらしくて、阿久津に見せたんだって。アタシの手作りクッキーなんてワンパターンだからさ、ハート型のクッキーにピンクのアイシング乗せて銀のキラキラしたヤツ飾るだけだから、阿久津はすぐにアタシが作ったってわかったらしいんだよね」
「クッキー見てすぐにわかったの!?阿久津課長、すごいね。それで追いかけてきたの?」
阿久津課長も必死だったんだろうな。花ちゃん、本当にすっごく愛されてるね?
「うん。だからね、クッキーってアタシにとってはけっこう重要なアイテムなんだ」
エヘヘッと嬉しそうに笑う花ちゃん。花ちゃんにとってクッキーは、阿久津課長との素敵な思い出なんだね?
でも、花ちゃんの話を聞いて、私は一つ気になったことがあった。
「花ちゃん、源氏名ってお店を変えたら変えるものなの」
「ん?そうだねー、変える人が多いんじゃないのかな?特別なこだわりがなければ」
特別なこだわり……。お母さんはずっと同じ源氏名を使ってた。
お母さん、どうして源氏名を変えなかったんだろう。どうしてずっと「若菜」って名乗ってたんだろう。
「私のお母さんってね、いろんなお店を転々としてたんだけど、ずっと同じ源氏名を使ってたの。……なんでだと思う?」
花ちゃんは手を止めて、いたずらっぽく笑った。
「それはさ、会いたい人がいたとか、かなー?同じ名前で働いてたら、いつかその人に会えるって思ってた、とかさ?そんなの、ロマンチックすぎる?」
「うーん、それはちょっとロマンチックすぎるかなあ……」
私はそう返したけど。でも、もしかしたら花ちゃんの言っていることは当たっているかもしれないと思った。