嫌いになりたい
「頭もいいんでしょ?」
それでも話をやめない苑実は、粘り強いのかしつこいだけか。
一区切りついたと思って油断してたところでの延長戦突入はダメージが予想以上。
かろうじて右手は動いているけれど、きっとランチまでに写し切れないだろう。
「茗ってば、聞いてる?」
無視を決め込もうとしても、今度はパソコンを軽く叩かれる。
やっぱりここでも私が折れるしかないんだなと、本日幾度目の白旗。
ほんの少しだけ相手をすると決めた。
誰か、こんな私を褒めてくれてもいいんじゃない?
「頭いいのは認めるよ」
せめてもの意地で上から発言をしてみる。
だけど、本当はそんな言い方では足りないほど。
私が今、ここにいることが何よりの証拠だ。
「うちの大学の史学科、倍率高いしね」
「らしいね。柊汰はブレずに一本だったけど」
「芯が通っててかっこいいじゃないですか」
「志望校変えずに最後までって人はわんさかいるでしょ」
「冷たいなー。でも、高校でも3位以内から落ちたことないんでしょ?」
思わずマウスを動かしていた手が止まる。
目線を向けた先、苑実は言葉を交わしながらも真面目にノートを書き写していた。
「……ねぇ」
「ん~?」
「苑実はいったいどんな情報網を駆使してそういう話を仕入れて来るわけ?」
この大学に同じ高校出身がそんなにいたっけ?
「あ~、それはね、バイト先のお客さんがたまたま茗と柊汰くんと同じ高校で話聞いただけ~」
誰だ、情報漏洩した奴は。
と咄嗟に思考を巡らせてみたけれど、学年300人以上、しかも人の名前を覚えるのが苦手な私にすれば、きっと苑実に名前を聞いたところできっと『あぁ、あの人ね』なんて返しはできないだろう。
つまりは考えるだけ時間の無駄だ。
「確かに3位以内から落ちたことないし、中学のときは万年1位だったし。24時間365日眠そうな顔して卑怯だと思わない?」
「言われてみればいつ見ても眠そうだよね。カワイイ」
「は?」
「カワイイじゃん、柊汰くん。母性本能くすぐられるっていうか。そこが周囲にウケてるんじゃないの?」
身長180センチの男のどこがカワイイのか。
暑苦しいの間違いにしか思えない。
「ぜんっぜん可愛くないし」
「茗、そばにいすぎて感覚が麻痺してるんじゃない?」
「ありえない。可愛いわけないでしょ、あんな奴。それにさ、あいつは中身、悪魔なんだから」
突然何を言い出すんだという顔を目の前に、私は深く大きく息を吐いた。