嫌いになりたい
「あ、茗ちゃんおかえり」
帰宅と同時に、柊汰の姿が見えた。
「ただいま。どこ行くの?」
「アイス食べたくなったから買いに行くの」
そう言って使い古した小銭入れを見せる。
いつから使ってるやつだっけ。
そろそろ買い返ればいいのに。
「こんな寒いのにアイス?」
「だってお風呂上がりにはアイスでしょ?」
目尻を下げてニコニコ笑う柊汰は、毒気がなくて穏やかだからいつだって人気者だった。
私が余計な苦労を被ったことだってあるのを柊太は知っているのだろうか。
「茗ちゃんも食べる?」
「要らない。太る」
「茗ちゃんはもっと太った方が……」
「うるさいよ。冬はあまり動かなくなるから気を付けなきゃなんないの」
「ちぇっ、せっかく奢ってあげようと思ったのに」
素直にありがとうと言えないのは気付かれたくないせいか。
「ハーゲンダッツかサーティワンならいいけど」
「茗ちゃんってひどいよね。俺が食べるのはガリガリ君だよ?」
そして、考える暇もなく悪態をついてしまうのは染みついた癖のせいか。
「いいから早く行きなよ。明日、1限あるでしょ。寝坊するよ」
「茗ちゃん起こしに来てよ」
「ヤダ。明日2限からだから」
膨れっ面の柊汰は、いつになったらそんな冗談を言わなくなるのだろう。
調子に乗って間違いを犯してしまう前に。
早く、今すぐにでも、遠く距離が開けばいいのに。
「じゃ、おやすみ」
「うん、おやすみ、茗ちゃん」
去り行く背中を見る。
徐々に小さくなるその姿に、やっぱり早く手の届かないところに行ってしまえばいいのにと思う。
いつからだろう。
この気持ちに気付いたのは。
いつまでもこのままでいいはずない。
だけど、後ろを振り返るしか出来ない、前に進もうにも正しい方向がわからない。
ひどくぼやけて視界不良なのはいつからだろう。
わかっているのは、わずかに唇を噛むことしか出来ない自分がひどく愚かなことだけだ。