私が彼を好きな理由。
眠そうに目をこすり、今日も彼と少し似ているその口に弧を描く。
「……レイは馬鹿だね」
男はいつも彼に少し似ているその口で、彼とは正反対のことを私に言う。
けれどそれは私の心を縛ることもなく、むしろ解放してくれると言ったほうが正しかった。
男は、彼の兄だった。
「おいで、レイ」
そう言って誘うと、私を家の中へ招き入れ、ドアがパタンと閉じた直後に背後からぎゅっと抱きしめられた。
瞬間、私の手からは彼の手帳が滑り落ち、玄関の冷たいタイルの上に横になる。
暖かいその腕や身体は、私の熱と溶け合ってだんだん感覚を鈍らせた。
“……レイは優しいね”
消えかけた言葉が油断をした瞬間、急に頭で浮き彫りになる。
慌てて男の方へ振り返ると、彼に似ているその唇に自分から口付けた。
最初はこの男に、ただ近づきたいだけだった。
だから私を好きな彼に近づいた。
けれどいつからだろうか。
気がつくと私は彼からは逃げられなくなっていた。
彼はどうしても私を離さない。
嘘をついてでも、知らないふりをしてでも、たとえ自分が苦しくとも、絶対に私を離さない。そういう人だった。
「早く連れてって」
唇を離し、そう呟いた私に、男はクスリと笑う。
そして静かに私の肩を抱くと、昨日と同じあの部屋へ、今日も私を連れて行く。
この男の言うとおり、私も相当な馬鹿だと思う。
けれど、なぜだか心は幸せだった。
“……レイは優しいね”
彼は今日の私とこの男の情事を、玄関の冷たいタイルの上に落ちた自分の手帳で知るんだろうな。
私は男に激しく揺さぶられながら、白んだ意識の中でぼんやりとそう思った。