【完結】セ・ン・セ・イ
「塾講師、やろうかと。裕也――友達の紹介で、夏期講習だけ臨時でちょろっとやったとこ。誘われてる」

そうか、と短く一言。

それから安堵の笑みを浮かべた父は、またちびりと日本酒に口づける。

「お前は成績の心配がいらなくて楽だな」

ししゃもを突きながら、軽い口調で言う親父の目の周りは少し赤く染まっていた。

酔った様子はないから、体質なんだろうか。
こういう所、見たことがないから知らなかった。


「教員免許は取れるだろ。採用試験もお前なら受かると思ってるぞ俺は」

自信満々にそう言い切られると、こっちが恥ずかしい。

「なにソレ、親馬鹿」

照れ隠しでコップに3センチばかり残っていたビールを一気にあけると、すぐさま親父が瓶を取り、再びコップが満ちる。

「それで、お前自身は」

「……え?」

「教師になることに、何か不安があるのか」


――惑って。

黙って、気の抜けたビールの水面を見つめて。

ふ、と思い出して、コップに割り箸を突っ込むと、しゅわしゅわと気泡があがった。

「随分しみったれた親父くさい技知ってるじゃないか」と親父に小突かれて、自然とこぼれた笑いと同時に、俺の気が抜けた。


「あるよ、不安」
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