【完結】セ・ン・セ・イ
――朱莉からの電話があったあの時、渡航は既に間近に迫っていた。


会ってしまったら、抑えていたものが決壊してしまうかもしれない。

触れて、伝えて、抱きしめてしまうかもしれない。

それくらい、想いは募っていた。


生徒なのに。

その枷を自分で外した、わけではなくて。
勝手に、いつの間にかタガが外れていた。

ずっと抑えてきた理由すら、その時は頭から消えていた。


だけど、必死で走って、全力で走って、前から同じように走ってきた彼女を見た瞬間。


――先にその『壁』を破ったのは、俺ではなく、瀬戸朱莉の方だった。


『行かないでよセンセー! やだあっ!!』

『朱……!』


飛び込んできた、彼女は泣いていて。
頼りなくて、怯えていて、壊れそうで。

それくらい張りつめていたのだと、そうさせたのが自分なのだと、気付かなかった間抜けさを呪った。


冷静になれたのは、彼女が予想以上に弱っていたからだ。

もう大丈夫なんだ、と俺は勝手に決めつけていたというのに、全然そうじゃなかったから。


感情むき出しで縋りつく朱莉なんて、思い返せばあの時しか見たことがない。

あれが最初で最後かもしれない、だからこそ。

俺は決してあの日の事を忘れてはいけない。


こうやって、何年経っても何度でも、あの日の記憶を再生し続ける。
< 138 / 147 >

この作品をシェア

pagetop